黎明編 グラデーション
『セックスもしてるのに<友人>というのもおかしい』
地球人にはそう考える者も多い。一説によると半数以上は大なり小なりそう感じてるとも言われてる。その一方で、
『セックスしてても友人は友人』
と考える者も確かにいる。
『男女の友情は成立する』
って考えの人間には特に多いようだ。俺の場合は、
『人によっては友情が成立する場合もないとは言えないと思うものの、セックスまでしてしまうと果たしてそれは<友人>なのだろうか?』
と感じなくもない。ないが、
『別にお互い深く干渉することなくそれぞれがしたいようにしているならそれはたとえセックスしてても友人と言ってもいいのかもしれない』
とも思ってしまったりもするんだよ。基本的に恋愛というのは『相手を独占したい』『束縛したい』と思ってしまいがちなものなのも事実だからそれに反してるわけで。穏当に陽をシェアしてるはずの和と麗でさえ実は本音の部分では張り合っていたりもするそうだ。だからどちらも陽を大切にしようとする。<人間としてのそれ>と<パパニアンとしてのそれ>はまあまあ異なってはいるものの、和はあくまで陽を『人間として敬う』形であり麗はとにかく丁寧に毛繕いをしようとしたり餌を分けようとしたりという形であるものの、二人とも真剣なのは間違いない。
対してそもそも人間の感情や感覚や感性は非常に複雑かつ多様で、単純に<恋愛>か<友情>かで分類できるものじゃないと思う。<友情のような恋愛>もあれば<恋愛のような友情>もある気がするんだ。つまり、
<グラデーション>
なんだよ。『白か黒か』『一か百か』『プラスかマイナスか』という感じで分けてしまえるものじゃない。
特に<同性愛>なんかだとそれが顕著な気がする。相手に対する気持ちが恋愛なのか友情なのかはっきりと区別できてるのがどれだけいるんだろうな。
『友人だと思っていた相手を実は恋愛対象として見てた』
もしくは、
『ただの友人だったはずの相手への気持ちがいつの間にか恋愛としか思えないものになっていた』
なんてことも珍しくない気がするんだ。そして異性の間でもそういうのが起こり得る気もする。と言うか普通にあるのか。
だから黎明のルコアへの気持ちが果たして単純に<恋>と言っていいのかどうかは分からない。分からないが<友情>であればあそこまで強く独占欲が表に出ることもないという印象はある。
なにより、<恋愛>か<友情>かなんて無理に区別する必要も感じていない。




