黎明編 黎明の恋物語
『黎明の恋物語は地球人社会でのそれのように紆余曲折があるわけじゃない』
こう言うと奇妙に感じる人間もいると思う。
『紆余曲折がないならもうとっくに結果がでてるんじゃないのか?』
と疑問を抱く人間もいると思う。でも考えてみてほしい。黎明の気持ちがまだルコアに届いていない理由を。それはあくまでルコアの方がまだ受け止めきれてないってだけで、そのこと以外に何か黎明の想いを阻む障壁があるわけじゃないんだよ。
対して地球人社会の場合、<常識>や<倫理観>や<先入観>や<経済問題>や<家族問題>等々、有形無形の<障壁>が立ちはだかってすんなり恋を実らせることができなかったりする。<恋敵>なんかも当然ながら障壁の一つではあるものの、
『恋敵というものが成立する』
のは結局のところ<地球人社会における既成概念>が背景にあってのことじゃないだろうか?
黎明にとって未来は、<恋敵>なのだろうか? 当の未来は自分と一緒に黎明もルコアのパートナーになることを拒んではいない。それどころか、
「黎明ならいいぜ。一緒にルコアを幸せにしよう」
と言ってくれてる。それに難色を示しているのはむしろ黎明の方だ。黎明としては、
『ルコアを自分一人のものにしたい』
という気持ちがある。が、だからといって未来を何らかの形で陥れて蹴落とそうと思っているわけでもない。未来のことが『嫌い』というわけでもない。状況をややこしくしているのは黎明自身なんだ。
もちろんルコアの方も、黎明と未来を同時にパートナーにすることについては戸惑いもあるものの、実はそれ自体を嫌悪しているわけでもなかったりする。あくまでただ戸惑っているだけだ。彼女が元々持っている概念の中には、
『複数のパートナーを持つ』
というのがなかったがゆえに。しかし地球人社会よりもはるかに野生に近いここにおける<複数パートナー>は決して不実でも奇異でもない。それどころかアラニーズもクロコディアも、
『特定のパートナーとずっと添い遂げる』
なんて生態は持っていない。久利生と添い遂げた來やメイガスと番っている当がむしろ例外的なだけだ。ああそう言えば力と悠もそうだったか。だから俺達の周りではその<例外>が比較的多く起こっているようにも感じるが、それもあくまでたまたまだろうしなあ。
ルコアもそれは理解してくれているし、黎明のことも未来のことも悪からず思ってくれている。ただとにかく年齢的なことがまだまだ引っかかっているだけなんだそうだ。
一番の障壁がそこなんだよ。




