黎明編 人間として当たり前の関係
そうして始まった肉パーティーは、しかし<特別なイベント>じゃなかった。ビクキアテグ村では月に数回程度の頻度で行われている、
<ちょっと豪華な夕食>
にすぎないんだ。<特別なイベント>を家族総出で祝うことで<家族の絆>的なものを再確認するまでもなくこの家族はちゃんと絆で結ばれてるのを傍から見てても感じるよ。
ビアンカも久利生も、<親>として無闇に気負ったり必要以上の責任感を覚えたりもしていない。ただただ、
<人間として当たり前の関係>
を保っているだけなんだ。黎明が生まれたばかりの頃は、
<アラニーズである自分が産んだ子>
ということでビアンカも少し身構えたところもあったのは事実だ。見た目こそ地球人そのものでも、見えないところでどんな特徴を持っているかは分からなかったし、なにより本当に健康に育っていってくれるのか、なにか大きな<遺伝子疾患>のようなものがあったりするんじゃないかと、不安でたまらなかったらしい。
それもあってビアンカは過剰に黎明に構おうとしてしまっていたりもした。けれどそんなビアンカに対して、
「大丈夫。黎明は僕達の子供だ。君が一人で背負う必要はない。僕達二人で背負っていくんだ」
久利生がそう諭してくれたそうだ。とはいえ、どんなに気遣いに溢れた言葉を掛けてもらったところで不安が完全に消え去ってしまうことはない。あくまでも少し気が楽になったというだけで。
だが、久利生はその言葉通り、黎明のことをビアンカに任せきりにすることはなかった。テレジアやグレイやドーベルマンMPMらの力も借りながらではありつつ、ミルクをやったりオムツを交換したり風呂に入れたり寝かしつけたりと、地球人の母親がするのと遜色ない振る舞いも見せてくれた。
今の地球人社会では、
『育児は母親の役目だ』
みたいな考え方は建前上しないことになってるが、現実問題として<父親>はどうしても感覚の点で母親には及ばない部分があるのも事実だろう。実際、久利生だって完全の母親の代わりを果たせてたわけじゃない。しかし、子供と向き合うことについて言い訳を並べて手を抜こうとする親に比べればよほど真っ当に振る舞えてたのも確かだと思う。久利生の見た目が<美麗なタイプ>だったのもあって、たまに<母親>にさえ見えたりしたものだ。
それでいて別に我が子を猫可愛がりするわけでもない。子供の前で<赤ちゃん言葉>を使ったりするわけでもない。ただただ人間として接していただけなんだ。




