黎明編 物事を単純化し矮小化し捉える
地球人社会においては、えてして物事を単純化し矮小化し自分に都合よく捉えるというのが横行していたと思う。
『人に優しくしなさい』
『人を気遣いなさい』
『人を思い遣りなさい』
『そうすれば幸せになれる』
なんてのもそうだが、一方で、
『暴力がすべてを解決する』
『金があれば何でもできる』
『敵は皆殺しにすべきだ』
なんてまったく正反対とも言えるような考えを持ってる人間も少なからずいた。でも結局はそのどちらの考え方も地球人社会で起こる様々な問題を完全には解決できなかった。なくすことはできなかった。それはつまり、
『人間ってのはそんな単純な生き物じゃない』
っていう何よりの証拠なんじゃないのか?
俺が大事だと思ってる、
『相手を一人の人間として認める』
というのも、実際には『優しくする』とか『気遣う』とか『思い遣る』とかだけの単純な話じゃないし。イザベラやキャサリンに対して、
『攻撃性を持たせないようにする』
のは大事ではありつつ、
『何に対して攻撃性を励起させてしまうか』
については、彼女達を人間だと思えばこそ完璧に把握できるとも思えない。こちらがまったく予期しない些細なことで攻撃性を励起させてしまうかもしれない。だから最低限、
『攻撃性を向けたら自分も痛い目を見るかも』
と認識してもらうことで『些細なことでムカついた時』に攻撃性を発揮するのを思いとどまってもらう必要もあるのは分かってる。
その部分では、ハートマンやグレイが非常に重要な役割を担ってくれてるし、ビアンカや久利生も今のイザベラやキャサリンを制するのは容易だろうな。別に彼女達に対して直接力の差を思い知らせるような振る舞いをしなくても、普段の<鍛錬>なんかでも十分に認識してもらうことはできる。実はそう認識してもらうためにも、
『攻撃性を向ける必要のない相手である』
ことは重要なはずなんだ。そこで『攻撃性を向ける必要のある相手だ』と思われてしまうと、多少のリスクを飲み込んででも反抗してくるだろうし、ましてや『自分の方が強い』となればそれこそ『我慢する』必要がなくなる。
<国同士の関係>
も結局はそういうことだったんじゃないか? 友好的に振る舞う方がメリットがある国だと思えばそうするし、そのメリットがなく脅威の方が大きい国相手なら軍事的な緊張感を作ることで均衡を保とうとするし、
『勝てる相手とは思えないがもう耐えられない』
となればそれこそ戦争を始めることだってあったらしいじゃないか。まあそれ自体はそもそも理不尽なことをしなければ相手をそこまで追い詰めたりもなかったんだろうが。




