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黎明編 仲間や味方に向けられることはない

『コーチが選手を精神的に追い詰めている』


あるオリンピック金メダリストとそのコーチの関係についてそういう認識が世間には広まっていたらしい。しかし実際にはそれは単なる誤解で、非常に複雑な精神構造を持つその選手はコーチに依存するあまり、


『コーチの献身に報いることができない自分が許せない』


という感じになってしまっていたらしいんだ。


そんな選手とコーチにしっかりと寄り添って丁寧に客観的に取材行ってくれた記者がいたからこそ、選手とコーチが互いに入れ込みすぎて、入れ込みすぎてしまう性分だったことで、どちらにも悪気ないままに生まれた齟齬にすぎなかった事実は明かされていると。


しかしそれでも<攻撃対象>を探して偏向的なものの見方をする者はいて、ネットには誹謗中傷すれすれの発言が溢れていたとも。


まあ、そういう風に悪目立ちする輩もいたというだけでそこまでのはごく少数だったというのも実情ではありつつ、特に選手にとっては、


『自分の所為でコーチが悪く言われている』


と思い悩んでいたとか。


建前上は『選手を庇うため』と言いつつ実際には選手が苦痛に感じていたのさえお構いなしだから、本当に自分のことしか考えていないんだってのが分かる。


そんな者達にイザベラやキャサリンのことを正しく理解してもらうのは恐ろしく難しそうだ。いくら言葉を重ねても自分に都合よく捻じ曲げる奴はいるからなあ。誰からそんなのを学んだんだか。俺の両親はそれを<好ましくないこと>だと教えてくれたのにな。だからやっぱりその辺りについてもちゃんと教わらないと身に付かないんだろうなと痛感するよ。


そしてどんなに高い攻撃性を持っていてもそれを発揮する必要性を与えなければそこまで神経質になる必要はないはずなんだ。


あくまでフィクションの話ではあるものの、物語の主人公の中には悪役に対して容赦のない攻撃性を見せるのもいる。<ヒーロー>や<正義の味方>などと称されるタイプの主人公なんかは特に。けれどそれが仲間や味方に向けられることはない。


それは何故か?


結局のところは『その必要がない』からだと思う。


<攻撃性を向ける必要を作った相手(敵)>


に向けられているはずなんだ。しかもそのヒーローや正義の味方に守られる側は、ヒーローや正義の味方が持つ攻撃性が自分達に向けられることはないとなぜか信じて疑わない。


不思議だよな。


その自信はどこからくるんだろう? ヒーローや正義の味方が持つ攻撃性を向けられないようにするためにどんな努力をしてるんだろう?



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