黎明編 性の猥褻さを面白おかしく描いた
また話が逸れてしまったが、とにかく黎明達が触れることのできるコンテンツについては、
<性の猥褻さを面白おかしく描いたエンタメ作品>
は基本的に除外してあるんだ。そんなものに触れなくても光も灯もパートナーを見付けて子供まで迎えることができた。和も陽も子供こそまだなもののしっかりと<命の営み>は実践できてる。
<野生の生き物>は知識として学ばなくても基本的に生殖を行い子孫を残してきた。なのになぜか人間(地球人)は認識を歪ませ<性>を<猥褻なもの>にしてしまったんだ。こんなことを言ってる俺自身も、
<性をエンタメ化した価値観>
を少なからず持ってしまっていることは否定できない。あくまでもそればかりに囚われることがないというだけで。だからまあ、黎明達を性的な目で見ようと思えばそれもできてしまうとは思う。思うがそこは人間としての理性が勝るからなあ。
ただし、野生の生き物を間近で見てると分かるんだが、野生の生き物のそれは<人間(地球人)の性欲>とは明らかに違うんだよ。人間(地球人)の性欲は、言葉で説明するのは難しいがなんだか歪なんだ。<生殖としてではないセックス>ができる時点でかなり自然から逸脱してるし。
もちろん野生の生き物にも<生殖としてではない性行為>をするものもいるにはいるとは聞くがやっぱり人間(地球人)のそれとは違う印象しかない。パパニアンがそのいい例だな。なんか一方的なだけじゃなくて<コミュニケーション方法>として成立してると言うか。
対して人間(地球人)の性欲は本当に身勝手なだけに思えて仕方ない。<マスターベーション>なんだよな。<コミュニケーション方法>として成立してない印象しかないんだ。
そりゃ『セックスを拒む』『セックスに興味が持てない』のも出てくるわって感じか。一方的に身勝手な欲望を押し付けられるだけとか嫌だろう。
人間(地球人)がこうなってしまったのは、性を猥褻なものとして隠すべきものとして押し込めたもののそのことが逆に性への興味を歪ませてしまって、正しい知識がないままに興味や関心だけが肥大化してしまったのが大きい気がする。
<そこにあって当たり前のもの>
でしかなかったらあれほど興味や関心が肥大化することもなかったんじゃないか? なにしろ愛し合って結ばれたはずの人間同士でさえお互いの<性>に見慣れてしまうと飽きて興奮しなくなるなんてことが起こるらしいし。
そう言えば<性的なもの>について、
『普段隠されているものがたまたま見えてしまうことに興奮する』
みたいなことも言われていたな。




