黎明編 自覚なくそこまでの危険な道具を
<包丁>をはじめとして、
<日常生活の中で当たり前に使う危険な道具>
というのは様々あるかもしれない。しかしそれらのほとんどは<悪意>や<故意>で他人に向けなければ<そういう使い方>をしなければ『命を奪う』ところまでいくことはそうそうない。
『煙草の不始末で自宅が火事になり住人が死亡した』
なんて事例も確かにあったらしいが、それすら、
『火の始末をちゃんとする』
ことさえ心掛けていたらほとんどが防げることのはずだ。なのに自動車は本当にほんの一瞬の油断や不注意で大切な家族をも殺す。そういう道具であるにも拘わらずそれをちゃんと意識してる人間は驚くほど少なかったとのこと。そして自覚なくそこまでの危険な道具を使うことができるのが<人間>なんだ。そのリスクを正当に評価すれば、
『何も考えずただ自分の気持ちを最優先にして生きていく』
なんてことができるはずがないだろう? そんなことをすれば、
『猛獣を街中に放つ』
以上のリスクになるんじゃないのか?
<自動車が歩道に突っ込んで何人もの人が亡くなる事故>
なんてものすらかつてあったと聞く。自動運転が進歩して『万が一の際には自動車を制御するAIが強制的に安全に停車させる』ようになってからはそんな事故というか事件は起こっていないわけで。
ただその一方で、改めて言うが、
『自分の気持ちのすべてを押し殺して生きる』
というのも難しい。おそらくそんなことをしていたら人間の精神はもたない。いずれ壊れて大きな問題を生じさせるだろうというのもまた事実。だからそういう部分との折り合い方を教えるのは大人の役目だし学ぶのが子供の役目だと思うんだ。そのためには<数多くの情報>を大人は提供し子供はそれに触れる必要があるんだよ。
そして黎明はまさしくそれを学んでいる真っ最中だと言える。
<エンタメを気軽に楽しむ要素>
は、息抜きには必要なのかもしれないがそれだけじゃ<必要な情報>が足りなくなるはずなんだ。
『ジャンクフードで食欲さえ満たしていれば健康的に生きられる』
わけじゃないのと同じで。
さりとて長々と<お説教>してるわけにもいかないからなあ。だから基本的には見守るだけに留めつついざという時には介入する覚悟も持っておく必要があるんだよ。大人には。
あと、とにかく<手本>を示すことが大切だと思う。その点、ビアンカと久利生と灯はよくやってくれている。親として子供の存在そのものを受け止めた上で必要なことを伝えようとしてくれてるんだ。
同じ<親>として頭が下がる。




