黎明編 他人が好き勝手に想像するのは
ああそうだ。密達も俺をめぐってシャレにならない衝突をする寸前にまで何度もいってた。エレクシアが実際にぶつかりそうになっても止めてくれるのが分かってたからそこまで深刻ではなかったものの、そうじゃなかったらそれこそ命に関わるようなところにまでいってた可能性はある。
密達は元々野生だったからそれが当たり前だったしたとえそうなったとしても誰も責めたりはしないにせよ、人間社会はそうはいかないからな。何度も言うように人間社会においては人間そのものが<必要なリソース>なんだ。
『人間に危害を加える』
というのは、
『人間社会のリソースそのものを毀損する』
ことに他ならない。つまりは、
『人間社会そのものに対して攻撃を加える』
のと同じなんだよ。しかし同時に自分の気持ちの何もかもをただただ押し込めてしまうだけなのも不健康ではある。そこは俺も否定はしない。自分の気持ちは伝えつつ過剰に攻撃的にならないようにするにはどうすればいいか、そんなことは子供だけでは気付けないんじゃないか? 気付ける者も中にはいるかもしれないにしても実際には決して多数派じゃないから地球人社会において人間関係に由来する無数の問題が生じていたはずなんだ。人間というのは基本的に、
『自分に甘く他人に厳しい』
生き物だから。
これは俺自身も同じ。そういう部分があるのは承知してる。承知してるからこそ意識的に制御しなきゃと思うし、子供達にもその制御の仕方をちゃんと無理なく身に付けてほしいと思ってるんだ。
『黎明の気持ちは私も嬉しいよ。私も黎明のことが好き。でもだからって未来と喧嘩してるのを見るのは悲しいかな』
ルコアのその言葉には、黎明も、
「私も、ルコアが未来のことばっか見てるのは悲しいよ……」
絞り出すように自分の気持ちを口にした。
「それは……」
ルコアの方が言葉に詰まる。言い訳ならいくつも思い付くだろう。
『未来のことばかり見てるわけじゃない』
的に答えることもできるだろう。
けれど黎明が求めてるのはそういう言い訳じゃないんだろうなというのは俺も思うしルコアも察してるさ。
フィクションの場合はそういうことまで事細かに説明するのを嫌う人間もいるらしい。
『想像の余地がなくなる』
みたいに言って。だが、それは所詮、
『自分が好き勝手に想像したい』
というだけの話だ。生身の人間が相手の場合、当人が考えてることは確かにある。それを他人が好き勝手に想像するのは本当に好ましいことか?




