遠い思い出
篤が店を出た瞬間、香奈が床に崩れ落ちた。
「香奈ちゃん、大丈夫か?」
貴久はしゃがみ込んで香奈に声をかける。
「よく言った!」
「香奈ちゃん、カッコよかったぜ!」
常連の声に香奈はゆっくりと立ち上がった。
「すまない、俺のせいで。」
「ううん、あの客の言い方、ホントに腹立ったから。助けてくれてありがとう。」
“コト”
大将が瓶ビールを貴久のテーブルに置いた。
「礼だ。飲みな。」
香奈が貴久のコップにビールを注いだ。それを合図にいつもと変わらない角打ちの喧騒が戻ってきた。
(貴久くん、変わってないな)
タクシーの窓から外を見ながら梨沙は思った。
付き合い始めた頃は二人とも学生でそんなにお金も使えず、安いお店で呑んでいた。貴久が就職してからもキレイじゃなくても、安くて美味しいお店を二人で探し回った、それも今は遠い思い出だ。
「…梨沙。おい、梨沙!聞いてんのか?」
篤の大きな声が梨沙を今に引き戻した。
「あ、ごめん。」
「やっぱり俺らにはあんな安い店は似合わないな。いつものクラブでみんなと遊んでる方がいいわ。」
「ね、篤。さっきお店でケンカした人、友達?」
「はぁ?あんなん友達なわけないだろ!ただの同級生だよ。」
「そうなの?」
「つまんねえ奴だよ、アイツは。」
篤は高校時代の貴久のことを陰キャでヘタレなオタクと罵った。
(アンタなんかと比べものにならない人だよ、貴久くんは。)
梨沙は気づかれないように拳を強く握りしめた。




