それぞれの旅立ち
「俺はどうしようもないバカだな。梨沙が一番大事だなんて言ってたのに…。」
貴久は許しを請うように俯いた。
「ううん、貴久くんも慣れない土地で一人で大変だったでしょ。私も山形から来てすぐはしんどかったし。」
梨沙の優しさが貴久には痛かった。甘ったれていた自分が恥ずかしかった。
「時給のいいバイトを知らない?って学校の友達に聞いたら篤を紹介してくれたの。篤は親がやってる水商売の店を任されてて、私を雇ってくれた。」
「水商売…」
「私はお店に出る女の子の髪をセットしてたの。篤はキャストの女の子の寮の部屋が空いてるからそこに住んだらいいって。家賃も安くて助かったのは間違いなかった。篤はすごくよくしてくれて。色んなプレゼントも貰って断りきれなくて…。」
梨沙は顔を覆って泣き出した。
「それに、貴久くんを疑ってた。もう私のことなんか忘れちゃってるんだ、名古屋で誰かいい人が出来たんだって。ごめんなさい、許して!」
梨沙は顔を覆って泣き出した。
「なんで梨沙が謝るの?」
貴久の声に梨沙は涙の残った顔を向けた。
「梨沙は悪くない。気づかないでほったらかしにしてた俺が悪いんだよ。」
「許してくれるの?」
「それは俺が言うことだよ。今の梨沙が幸せに暮らせてるんなら、何も言うことはないよ。」
そう言って貴久は立ち上がろうとした。
「待って!」
梨沙が貴久の手をつかむ。
「助けて、貴久くん。もう篤と一緒にいるのに疲れたの。これ以上アイツと一緒にいたら私、壊れちゃう。」
梨沙はすがるような目で貴久を見つめた。
目の前に困った人間がいる。しかも自分が悲しい思いをさせてしまった女性、しかし彼女が自らの意思で貴久から離れていったのも事実だ。貴久の心は揺れ動いた。
「…すまない。それは出来ない。」
小さな声で貴久は答えた。
「どうして?」
怒りを込めた目で梨沙が貴久を見る。
「俺が篤に言ったところでアイツが聞くと思うか?それに…自分で乗り越えるしかないんだよ。」
貴久は椅子に座り直して梨沙を見た。
「自分…で?」
「俺も梨沙がいなくなった時、絶望して何度も何度も泣いたよ。何も知らない友達にその気持ちをぶつけて縁切られたりもした。それで気づいたんだ、最後は自分で乗り越えないといけないんだって。」
梨沙は涙の残った顔を上げた。
「俺と知り合う前は一人で頑張ってたじゃないか。梨沙は俺と違って手に職もある。それに、どこかに助けてくれる人はいる。俺にもそんな人がいた。」
「香奈さんね…」
「俺はそうなってやれないけど…頑張れ。」
「ありがとう、貴久くん。私、頑張るよ」
梨沙は貴久の顔を見つめた。その顔は出会った頃と同じ前向きな目をしていた。
「じゃあな。」
貴久は席を立つと後ろを振り返ることなく店を出た。




