守るべきもの
喫茶店を出た貴久は駅へ歩いた。
やり直せたら、そんな思いがなかったわけではない。でもそれは過去への憧れでしかない。そこからは何も生まれない。
梨沙に助けを求められた時も、何とかしてやるべきかと思った。だが中途半端な優しさはかえって梨沙を傷つけ、守るべき人への裏切りになる。今、貴久が守らないといけないのは梨沙ではなかった。
「おう、早いな。」
角打ちの扉を開けた貴久に大将は言った。
「ちょっと用事を思い出した。店番しといてくれ。」
一人になった貴久は店内を見渡した。
下町の決してきれいではない、だけど人の優しさが溢れる場所。一年前、偶然たどり着いたこの場所は傷ついた自分を優しく迎え、立ち直らせてくれた。
扉が開いた音に貴久は入り口を振り返る。
「ただいま…貴久さん!」
香奈が驚いたように貴久を見る。
真っ直ぐに自分を見つめてくれる香奈の眼差し、そこには自分を心配してくれる想いが滲んでいた。梨沙もきっとそんな目をしていたのにバカな俺は気づくことが出来ず悲しい思いをさせ、梨沙は去っていった。
「貴久さん?」
黙り込む貴久を見て香奈が聞く。貴久はゆっくりと口を開いた。
「ただいま。」
「おかえり!おかえりなさい!」
香奈は貴久に走り寄り、その体にしがみついた。
「どこにも行かないでください!ずっと一緒にいて!」
貴久は何も言わずに香奈の肩を優しく抱いた。
「大将。まだ開けないのかい?」
店の外で常連に声をかけられた大将は店内を指さした。
「邪魔しちゃあいけねえな。」
店内を見た常連が帰ろうとした時、店の扉が開いた。
「お父さん、店開けよ。」
「一緒に呑みませんか?」
貴久も常連に声をかける。
「ったくお前らは。貴久くん、のれん掛けてくれ。」
「え?」
大将の声に貴久と香奈は顔を見合わせた。
「ほら、のれんだって!」
「はい!」
貴久はのれんを掴んで入り口にかけた。香奈が貴久に微笑む。常連も嬉しそうに二人の姿を見ている。
ここはいつも温かい。やっぱり俺の居場所はここしかない、そして守るべき人もここにしかいないんだ。
(この人を最後まで守り抜く)
いつものように働く香奈を見ながら貴久は気持ちを新たにした。




