本当の理由
約束の土曜日の午後、梨沙が指定した関内の喫茶店に貴久はやって来た。
地下にあるその店は歴史を感じさせる落ち着いた照明に照らされていた。
「梨沙…」
「貴久くん、来てくれてありがとう。」
貴久は梨沙の前に座ると優しく微笑んだ。
「梨沙、元気そうで安心したよ。」
「貴久くんも元気そうでよかった。」
「ああ、なんとかやってるよ。あの頃何があったのか、教えてくれる?」
貴久の言葉に梨沙は口を開いた。
貴久が名古屋に出向していた頃、梨沙の弟がサッカーの強豪高校に進学することになった。特待生ではあったが遠征費やユニフォーム代などは自己負担。母子家庭の梨沙の家には重荷だった。
「梨沙、なんで相談してくれなかったの?」
「私の家のことだし。貴久くんの生活もあるし、甘えちゃいけないって思ったの。貴久くんも毎月ギリギリみたいなこと言ってたし。」
そこで梨沙は息をついた。
「それにあの頃の貴久くんすごい疲れてた。電話でも、名古屋の人と上手くいってないとか話してたよね。負担かけちゃいけないって思ったの。」
涙ぐむ梨沙を前にして貴久は唇を噛み締めた。
確かにあの頃は慣れない本社での業務と横浜の支店の顔を潰せないプレッシャーに押しつぶされそうだった。酒に逃げ、仕事に遅刻したことも一度や二度ではなかった。
だが、梨沙はそんな逃げ道もないまま、一人で悩みを抱えていた。




