不器用な親心
「いらっしゃ、香奈。」
「ごめんなさい、お父さん。今から入るよ。」
「それよりな、煙草切らしたから買ってきてくれ。」
「え?今から。」
香奈はエプロンを着ようとしていた手を止めた。
「北條くん、一緒に行ってやってくれ。」
大将の声に香奈は客席を見る。隅で飲んでいた貴久が小さく手を上げた。
「行こうか。」
貴久は扉を開けて店を出た。慌てて香奈が追いかける。
今日の貴久はワイシャツではなくTシャツの上に七分袖のシャツを羽織り、カーゴパンツにキャンバスのスニーカーを履いている。
(休みなのに来てくれたんだ…)
何も言わない貴久の後ろを香奈が黙ってついて行く。
「コーヒー飲む?」
自販機の前で不意に貴久が言った。
「うん。」
二人は公園のベンチに座って缶コーヒーを開けた。
「香奈ちゃん、こないだはゴメン。大人気なかったよな、俺。」
「いえ、私も何も知らないのにあんなこと言ってしまって…すみませんでした。」
香奈は貴久に頭を下げた。
「次の土曜に梨沙と会うんだけど…ちょっと怖いんだ。」
その言葉に香奈は思わず貴久を見つめる。
「何があったんですか?」
貴久は名古屋への出張、そして帰ってきた時に梨沙が消えたことを話した。
「名古屋に行ってる時、しんどい時期があって。梨沙は心配して電話くれたのに、俺は放置したんだ。」
貴久は缶コーヒーを両手で握りしめた。
「そうしたらLINEは来なくなって電話も減って。こっちに帰ってきたら居なくなってた。多分その頃の不満を俺にぶつけるつもりなんだよ、梨沙は。」
貴久は地面を見つめながら自虐的に言った。
「違うと思います。梨沙さんはそんな人じゃないです!」
強い言い方に貴久は驚いたように香奈の方を向く。
「嫌いになったのなら、貴久さんを探しに来るわけ無いです。こないだ店に来た時、ゲソ焼き食べて泣いてました。“貴久さんの好きな味だ”って。」
「梨沙、そんなこと言ってたのか…」
「決めつけないでちゃんと話を聞いてあげてください。でも…」
「でも?」
香奈は大きく息を吸い込んだ。
「最後…最後は、私のところへ戻ってきてほしいんです。お願いします!」
香奈は潤んだ目で真っ直ぐに貴久を見つめた。
「わかったよ、香奈ちゃん。」
そう言った貴久に香奈は右手の小指を差し出した。
「約束ですよ。」
「うん、約束する。」
貴久は少し恥ずかしそうに香奈の小指に自分の小指を絡ませた。
「あ。」
店に戻った香奈が見たのはガラス扉の向こうで煙草を吸う大将の姿だった。クスリと笑った香奈は扉を開けて店に入った。
「ただいま。お父さん、ありがとう。」
「俺ぁ、何もしてねえよ。ほら、空いてる皿下げて。」
「香奈ちゃん、注文いいかい?」
「はぁい。何にしましょう?」
明るい香奈の声に店の空気が和み、いつもの風景が角打ちに戻ってきた。




