大事なもの
「香奈ちゃん、アンタ何かあったの?」
湯呑みを香奈に差し出して友里子が聞いた。
「え、何のことです?」
「最近、香奈ちゃんがずっと不機嫌だって聞いてさ。イヤな客でも居るの?」
「いえ、そんなんじゃ…」
香奈は言葉を濁す。
「何か悩みがあるなら聞くよ。」
子供の頃、いつも遊んでくれた友里子。一人っ子の香奈にとって姉のような存在だった友里子の声が香奈の心を開かせた。
「実はお客さんを一人怒らせたんです。それっきり店に来てくれなくて、忘れたくて仕事に集中しようと思ったんです。そうしたら、無愛想だってお父さんに怒られて…ケンカして出てきました。」
香奈は篤が来た夜のこと。梨沙が一人で謝りに来たこと。そして知ったようなことを言って貴久を怒らせたことを話した。
「彼がいい人だって、褒めたつもりだったんです。なのにあんなに怒るなんて。」
「うん。わかるな、その気持ち。」
友里子の言葉に香奈は顔を上げた。
「私が離婚してるの知ってるでしょ。それを聞いて香奈ちゃんと同じように言ってくれる人も居たの。慰めてくれてるんだってわかるんだよ。でも元のダンナとは悪い思い出ばかりじゃ無かったし。」
「あ…」
「香奈ちゃんもお店で騒ぐ客にキレたんでしょ。大事なものを壊されたくなかったのはそのお客さん、それにお父さんも同じなんじゃない?。」
友里子の言葉を聞いた香奈はしばらく黙り込んだ。
「ありがとうございました、友里子さん。お父さんとお客さんに謝ります。」
「うん、そうした方がいい。ウジウジ悩んでても前には進めないからね。」
香奈は友里子の言葉に背中を押されるように立ち上がった。




