9、誠意という名の賭け
途中で視点が変わります。
「あなたがきちんと誠意ある対応をしてくれるなら、私は今後もそれに応えると約束するわ」
渡すなら、迷わず潔く。
──そもそも、私は現金なんて持っていない。
差し出せるのは、この魔石だけ。
もちろん、そんな事情を悟らせるつもりはないけれど。
(これで……私と取引してくれるわよね……?)
今後の継続的な取引をそれとなく匂わせながら、言葉を重ねる。
心臓は、さっきからうるさいほど鳴っていた。
それでも顔には、余裕の笑みを貼りつけたまま。
逃げずに、まっすぐ相手を見つめ返す。
視線が絡む。
数秒──いや、もっと長く感じられた沈黙のあと。
「……くっくくっ……」
低い笑い声がこぼれた。
「そのような誠意を見せられては、私も相応の対応で応えなければなりませんね」
そして、芝居がかった仕草で一礼する。
「……改めまして。ようこそお越しくださいました。歓迎します」
にこり、なのか、にやり、なのか。
判別のつかない笑みだったが──少なくとも、拒絶ではない。
その言葉は、マスターが正式に“客”として迎え入れた相手にだけ告げるもの。
(……よし)
胸の奥で、そっと息を吐く。
──敵に回れば厄介極まりない。
けれど味方になれば、これ以上ないほど頼もしい存在だ。
これほど心強い相手はいない。
それに、情よりも利害で結ばれた関係のほうが、ずっと信用できる。
もう裏切られるのは、こりごりだった。
私はゆっくりと、深く被っていた外套のフードに手をかける。
味方になるというのなら──こちらも誠意を見せるべきだ。
布を払うようにして、フードを脱いだ。
さらり、と髪がこぼれ落ちる。
隠していた顔を、まっすぐ彼へ向ける。
「!?」
「ありがとう。……サラと呼んで」
「サラ……ね」
「あと、敬語も使わなくていいわ。私も使わなくていいかしら?」
とっさに本名を名乗るのは、なぜか躊躇われた。
口をついて出たのは、前世の名前。
……まあ、問題ないだろう。
どうせ誰も知らない。
フードを外した私の顔を見て、彼はわずかに目を見開いた。
けれどすぐに、ふっと口元を緩める。
同時に、張りつめていた空気がほどけた。
刃のように研ぎ澄まされていた雰囲気が、嘘みたいに柔らかくなる。
(……私を知ってる?)
胸がひやりとする。
(……そんなわけ、ないか)
いきなりフードを取ったから、驚いただけだろう。
そう自分に言い聞かせる。
するとマスターも、こちらの警戒を解くように、静かに自分の仮面へ手をかけ──
ためらいなく、それを外してみせた。
思っていた通り──いや、それ以上の美貌だった。
灰色の瞳は鋭く、それでいてどこか愉しげに光っている。
このレベルなら、さすがに見間違えることもないだろう。
「わかった。それでいい。俺はヴォルだ」
「ヴォルね。それじゃあ、早速だけど──」
やはり小説の主要人物は、格が違う。
そんな感想を頭の片隅に追いやり、私は本題へと進む。
「──急で悪いけど、明日。よろしくね」
「わかった」
即答だった。
その返事を聞いた瞬間、私はほんのわずかに口元を緩める。
「——じゃあ、また明日」
私は覚えたばかりの転移魔法を発動させる。
光が視界を覆い──次の瞬間には、もうそこにはいなかった。
◇◇◇
偉そうな客が来たと思ったら、いきなりこんな魔石をだしてくるとは。
最初は外套を深く被っていたため、声からわかるのは若い女ということ。
堂々としたその立ち居振る舞いは洗練されており、彼女がかなり高位の令嬢であることをうかがわせた。
どう見ても、ここに来るような女じゃない。
ここを訪れるのは、後ろ暗い連中ばかりのはずだ。
大体の貴族事情は頭に入っているが、そのどの情報とも当てはまらない。
正直最初は面倒そうな客がきたな、としか思わなかった。
──魔石を見るまでは。
「見てわかったと思うけど、魔力が入っている魔石よ。なかなか手に入らないものだと思うけど。売れるかしら」
固有魔法のひとつでもある鑑識眼を持っている俺はすぐにわかった。
何故こんな貴重なものをこんな若い女がもっているのか──
これは欲しくても手に入るものではない。思わず言葉が漏れてしまう。
「……これは普通に手に入るものじゃない。価値は計り知れない……一体どうやって手に入れたんですか?しかもそれを売ろうだなんて……」
「それを言うつもりはないわ。あなた、情報屋でしょう?情報がほしいなら対価を払ってちょうだい」
(……へぇ?)
彼女はそっぽをむいたが、こちらの様子を伺っていることを隠せていない。
傲慢な態度を装っているのには、何か意味があるのか。
今まで俺にこんな態度をとる人はいなかった。
ここにくる奴は大抵、俺が暗殺業も営んでいることを知っているから。
自然と口角があがる。
話していくとやはり何か目的はありそうだ。
しかし今後、この魔力がこもっている魔石が流通するのであれば、この魔石は世の中を変えるほどの影響があるだろう。
話しながらも、どうするか思案していると思ってもいなかった願ってもない提案をうけた。
「……この魔石、ひとまずマスターに全部あげる」
「──は」
「あなたがきちんと誠意ある対応をしてくれるなら、私は今後もそれに応えると約束するわ」
(……正気か?)
言われて、ぽかんと固まってしまった。
彼女の言葉の意味を理解するまで数秒の時を要した。
自分が何を言っているのかわかっているのか。
これらの価値をわかっていないのか、それとも何か違う狙いがあるのか──
いろいろ考えるも、まだ彼女に関する情報が少なすぎて何も判断ができない。
媚びない。
見下しもしない。
——ただ、対等に交渉してくる。
呆気にとられて彼女を見た俺は、気づけば、口角が上がっていた。
——こんな感覚は、いつ以来だ?
傲慢を装い俺と交渉しようとする彼女をみて、何故だか笑いが込み上げてくる。
いい意味で裏切られた気分だ。
「……くっくくっ…そのような誠意を見せられたら、私も相応の対応で応えなければなりませんね。……改めまして、ようこそお越しくださいました。歓迎します」
いつも俺が正式に客だと認めた人に言うセリフを聞いた彼女は、ほっとした様子で息を吐いた。
そして外套のフードを脱ぎ、奥に隠されていたペリドットのような瞳と目が合い、整った美しい顔が現れる。
華奢な体つきにすっと伸びた背筋。
一つ一つが美しい立ち居振る舞い。
凛としてそこに存在する彼女は、醸し出す雰囲気からして今までみてきた誰とも違っていた。
(この髪色と、瞳の色は──)
記憶の中の“姿絵”と、ぴたりと重なる。
ある姿絵を思い出す。
彼女が何故ここに来たのか。
そもそも何故ここを知っているのかわからない。
しかし正体がわかったことで納得している部分もあった。
そして頭を過ったのは少し前にされた依頼。
彼女を客として迎えたのは正解だった。
そこまで警戒はしなくてもいいのか、そんなことを思ってしまう。
サラというのもすぐに仮名だということもわかった。
敬語も使わなくていいというが、線引きは必要だろう。
そして彼女は言いたいことを言って、最後にはあっさりと転移魔法を使って消えた。
(まさか転移魔法まで使えるとは)
「く、くくっ……」
想像を大きく超えてくる彼女の今後に思いを馳せると、堪えようとしても笑いが漏れてしまう。
いきなり明日からここから馬車で5日もかかる、この国の端っこの街に行きたいと言うとは。
いまだに目的も何もわからないが、こんなに楽しいのはいつぶりだろうか。
(さすが、兄妹というところか……)
今ここにいない、ある人物を思い浮かべる。
今後も付き合いを続けるかはまだ結論は出さないが。
仕えるに値する人間なのか。
お手並み拝見とさせてもらおう。
そっと窓から見える王城に視線を向けた。
「……ねぇ、エリザベス王女様?」
その名を、確かめるように──楽しむように、口にした。
読んでいただきありがとうございます!




