5、贖罪という名の終活
(一度死んだから、こんなふうに達観できるようになったのかしら……)
憎むのにも体力がいる。心も身体も、すり減っていく。
もう、あの人たちと関わりたいとは思わなかった。
死ぬことにも、もう特別な感情はない。
ただ、エレナだけは守りたかった。
「あと、二年半……」
処刑されるにしても、病気で死ぬにしても。
私に残された時間が限られていることに変わりはない。
そのとき、不意にお兄様の言葉がよみがえった。
——無知も罪だ。
確かに私は、新聞には目を通していた。
けれどこの離宮の外へ出ることはほとんどなく、王城の敷地すら出たことがなかった。
城下の広場で見た人々の姿を思い出す。
今日一日を生き延びるだけで精一杯、そんなふうに見える人たちばかりだった。
あんな現実を、私は想像すらしていなかった。
認めたくはないけれど、ミリアの言った通り、私は恵まれていたのだろう。
(そんなことに……死んでから、しかも私を死に追いやった人に言われて気づくなんて……)
それならば——
前世の私は、天涯孤独だった。
父は幼いころに浮気をして家を出て、母は私が十六歳のとき、病気で亡くなった。
それでも母は、私にたくさんの愛情を注いでくれた。
ひとり親で大変だったはずなのに、いつも笑っていて、「あなたがいるから頑張れる」と言ってくれた。
病気のことは最期の入院まで隠していたから、私は何も気づけなかった。
何も返せないまま、母を失った。
そして自分も若いうちに死んでしまった。
親不孝者だったと、今なら思う。
だから——
残された時間は、恩返しに使おう。
前世で返せなかった分を、今世で形を変えてでも返すために。
何もしないまま死ぬより、何かを残したい。
この時間を、贖罪に使おう。
——そう決めた。
ブローチをしまおうとして、アクセサリーケースに目をやる。
その奥に、魔石がいくつか入っているのが目に留まった。
魔石は、かつては魔力を宿していた石だが、今ではほとんど魔力を失っているものが多い。
魔力を持つものはわずかに光るらしいが、手元にあるものは、色のついた透明な石に過ぎなかった。
小説の中で、ミリアが魔石に魔力を込められると気づいた場面を思い出した。
——資金源になるのでは?
何かをするには、先立つものが必要だ。
もし魔石に魔力を込められるなら、それは十分な手段になる。
ミリアは魔力操作が得意でも、魔力量は多くなかった。
そのため、一つの魔石に数日かけて少しずつ魔力を溜めていたはずだ。
繊細な制御が必要らしいし、私にできるかはわからない。
けれど平民向けということは、失敗しても大きな損にはならないだろう。
私はヒロインじゃない。
ただの舞台装置のモブ。
それでも、知っていることがあるならせめて役に立ちたい。
試しに魔石へ魔力を流してみると、ぽうっと一瞬、淡く光った。
(いけるかも……?)
そう思った瞬間、ピシッと音がして、石にヒビが入った。
光はすぐに消え、二度と反応しなくなる。
一気に流しすぎたのだろうか。
思っていた以上に、魔石は繊細なようだ。
それとも、属性の相性?
考えながら、何度か試行錯誤する。
目を閉じ、魔石に意識を集中させ、ゆっくりと魔力を注いでみる。
すると、内部に回路のような感覚があるのがわかった。
それをなぞるように、慎重に魔力を流す。
——ここまで。
直感的に、これ以上は危険だと感じるところで止める。
すると、魔石は割れず、淡く光を保ったままだった。
(……こんなに、簡単に?)
小説では大きな功績として描かれていたはずなのに。
本当に成功しているのか不安になりつつも、他の魔石でも試してみる。
色の違う魔石を使い、仮説を検証する。
充填にかかる時間はまちまちだったが、手持ちの魔石はすべて、うまくいったようだった。
気づけば、完成した魔石は八つ。
満足しかけたところでふと、重大な問題に気づく。
(……使い方が、わからないわ)
神殿には、今も魔力を宿した大きな魔石がある。
結界装置に組み込まれ、魔獣の侵入を防いでいると聞いた。
つまり、魔石を使うには装置が必要なのでは?
下手に扱って爆発でもしたら困る。
そう思って魔石を見つめていると——
ふと、ベッドの横に落ちているハンカチが目に入った。
拾い上げてみる。
けれど、それは私のものではなかった。
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