4、もう、縛られない
この物語の主人公は——私を処刑した兄、王太子ジークハルト。
財政を食いつぶす王と王妃、そしてその妹である王女を討つところから、この物語は始まる。
国の腐敗を放置し、私欲にまみれた王族に不満を募らせていた貴族たち。
留学先で親しくなった隣国の王子と結託し、ジークハルトはクーデターを起こす。
そして即位し、国を立て直していく——それが物語の本筋。
私は、その物語の冒頭で、国王と王妃とともに処刑される妹、エリザベス。
いわゆる——物語が始まるためだけに殺される“モブ”。
反乱が成功し、新たな時代の幕開けとして必要な処刑。
私の死は、そのためのものなのだろう。
その後、国を立て直す中でさまざまな問題が起こるが、それを支えるのが聖女ミリア。
彼女こそが、この物語のヒロイン——後の王妃となる存在。
孤児だった彼女は、聖魔法が使えると判明し、子爵家に引き取られる。
神殿に仕え、奉仕活動を行う中で、身分を隠して国の実情を調べていたジークハルトと出会い、惹かれ合っていく。
反乱の準備が整い、芽生えた想いに蓋をして去ろうとするジークハルト。
だが「力になりたい」と懇願したミリアと行動を共にすることになり、彼女は反乱を支える存在となる。
クーデターは成功し、二人は共に国を立て直す。
やがて国民全員に認められ、ミリアは王妃となる。
——よくある、綺麗に整えられたシンデレラストーリーだ。
そういえば、私の婚約者殿は当て馬だった。
お兄様の側近だったため、ミリアと接する機会が多かったからだろう。
「……おかしいわ」
小説では——ミリアとエリザベスが関わっていた描写は、一切ない。
けれど実際には、私たちは関わっていた。
王宮で迷子になったミリアが、この離宮に辿り着いたのが出会いだった。
それから彼女は、奉仕活動の合間に、よく遊びに来るようになった。
私にとって、ミリアは初めてできた友人だった。
でも、彼女にとっては違ったのだろう。
転生者だと言っていた彼女には、最初から何か目的があったのかもしれない。
小説には、毒の話なんて出てこない。
少し考えて、思い至った。
——私が、小説ほど好き勝手していなかったから。
だから彼女は、自分で“事件を作る”しかなかったのではないか。
そんな気がした。
他の小説でも、自作自演をする女性の話はあった。
でも、そういう役割はたいてい悪役か、ヒドインと呼ばれる存在だったはずだ。
小説のエリザベスは、王族に受け継がれる金色の髪こそ持っていなかったが、
類まれな美貌と強気な性格で、周囲を黙らせていたと、後にジークハルトが語っていた。
現実の私はというと——。
西洋系の顔立ちにはなった。
けれど私は、洋画でも人物の見分けがつかない、残念なタイプだった。
そして自分の美醜には昔から疎い。
今となっては、「外国人の顔だな」という程度の感想しか浮かばない。
きちんと化粧をすれば、また違うのかもしれないけれど。
異世界ファンタジーらしく、髪や瞳の色が多種多様なのはありがたい。
見分けがつくまで時間がかかる私にとっては、なおさらだ。
——話を戻そう。
それにしても、小説のエリザベスも余命宣告されていたのだろうか。
小説では触れられていなかった。
エリザベスは反乱のきっかけとして処刑される、ただの舞台装置だ。
人生の最後に何かをしたいと思う気持ちは、わかる。
前世では、何もできないまま死んでしまったのだから。
今世の私は、両親に認めてほしかった。
小説のエリザベスも、同じだったのだろうか。
アクセサリーケースにしまわれた数少ない装飾品の一つ——婚約者から贈られた、バイオレットスターサファイアのブローチを見つめる。
初めて親に褒められたのは、この宝石を身につけていたときだった。
留学前、婚約者から贈られ、ずっと身につけていた。
それを見たお母様が、褒めてくれた。
だから——。
また褒めてもらえるかもしれないと——余命宣告を受けてから、宝石やドレスを買い続けた。
結果は、惨敗だったけれど。
(……まぁ、お二人とも、いつも飾り立てることにしか興味がなかったものね)
装飾品をこれでもかと身につけた国王と王妃を思い浮かべる。
それでも私は、小説のエリザベスほど派手な生活をしているとは思えない。
離宮は小さく、使用人はエレナだけ。
今思えば、王女の待遇としては、お粗末だったのだろう。
地下牢での両親の反応を思い出す。
(生まれ変わっても、家族との縁は薄いのかしら)
もう、期待することはない。
一瞬だけ、ミリアへの復讐も考えた。
彼女は、私を処刑にまで追い込んだのだから。
あることないこと悪評を流した、とミリアは言っていた。
それがお兄様の私への印象を歪めたのだろう。
胸の奥がじわりと痛む。
けれど、そもそもお兄様は留学してから一通の手紙もくれなかった。
私がどんな思いで過ごしていたのか、知ろうともしなかった。
本当は両親と同じで、私のことなど最初からどうでもよかったのかもしれない。
そう思ってしまう自分が、少しだけ情けなかった。
それでも、ミリアが私を処刑にまで追い込んだという事実は消えない。
印象操作に、自作自演の殺害未遂事件。それだけで終わりとは思えなかった。
きっと、私の知らないところで、もっと多くのことが積み重なっていたのだろう。
婚約者には、結局一度も会えなかった。
けれど前世の記憶を思い出した今なら、彼もまたミリアのために何かしら動いていたのだろうと、冷静に想像できてしまう。
ミリアが憎くないと言えば嘘になる。
けれど兄も、婚約者も、結局は同じだった。
私にとって大切だった人たちは、誰一人こちらを見ていなかった。
当て馬婚約者殿に至っては、最期まで顔を見ることすら叶わなかった。
けれど——。
時間が限られている今の私にとって——彼らに縛られている時間など、もう残されていなかった。
読んでいただきありがとうございます!




