27、もう逃げない
嫌な予感がしつつ、ぎりぎりと壊れたおもちゃのような動きでヴォルのほうを向く。
「ヴォル……貴方、私の正体……」
「ああ、そのこと。知ってたよ……最初から」
「最初……!?」
「そうは言っても、顔を見てわかったんだけど」
私は思わず手で顔を覆った。
まさかバレていたとは。しかも最初から。
(恥ずかしい……!知らないとはいえ、好き放題してた気がする……)
──よし、それは考えるのはやめよう。
ごほん、と咳払いをして切り替える。
しかしここでふと疑問が浮かんだ。
何故、私のことがわかったのか。
私が言うのも何だが、私のことをみて王女だとわかる人は本当に限られている。
髪の色も綺麗な金髪ではない。王族の象徴らしきものは持ち合わせていないのだ。
「……何で、わかったの……?」
「依頼があったから?」
「依頼……?」
「そ。ジークから……エリザベス王女の調査を」
「え……?」
どくん、と心臓が大きく動いた。
ヴォルはこれはもう言っていいって言われてるから言うけど、と前置きして私の目を見た。
「姫さんが店に来た少し前に、姫さんのどんな些細なことでも何でも調べろって」
(……そんなはずない。でもこのタイミングで?)
まさか──
「記憶が、ある…のね……」
それは先ほどの疑問の答えだった。
それでも疑問は残る。
どうしてここにいるのか。
そして──どうして、あんな顔をしていたのか。
疑問の答えは、きっと本人たちに聞くしかない。
……お兄様とサイラス様から、もう逃げられないのだ。
そうわかってはいても、それでも自分を死に追いやった人と向き合うことは簡単なものではなくて。
最期まで、それか今回は会わないつもりだったからなおさら。
そのとき、先ほどのサイラス様の言葉が思い出された。
『ここにいる人は全員エリーの味方だ。絶対に裏切らない』
味方──
裏切らない──
(味方……?)
まだ、信じられない。
(けど……そっか……)
私は裏切られたと思って──悲しかったんだ。
すとんと腑に落ちた。
私は自分の気持ちさえもわかっていなかったようだ。
そして前回のことを考えないようにしていたことに気づく。
……ずっと、考えないようにしていただけだ。
一種の現実逃避だったのかもしれない。
そういえばヴォルは前回のことを何か聞いているのか。
「ヴォルは……何か、聞いてたりする?」
「何を?」
「その……戻ったとか、前のこと、とか……聞いてたりする?」
「は?」
何て言えばいいのかわからず、言葉がうまく出てこない。そんな私にヴォルは胡乱げな顔を向けてくる。
私も自分がおかしなことを言っている自覚はあるから、その顔はやめてほしい。
それでも、あの2人と話をする、最後の一押しが欲しかった。
「ヴォル……お兄様と、サイラス様と話さなくちゃいけないことがあるの……」
「……」
「そばに……いてくれる?」
真剣な顔で、真っ直ぐにヴォルを見た。あまりの心細さに縋るような目をしているかもしれない。
ヴォルの目が一瞬だけ、かすかに見開かれる。
けれどすぐにいくつかの感情を含んだような笑みを浮かべた。
「……ん。姫さんの仰せの通りに」
「……もう、揶揄わないで……でも、ありがとう」
何だか気恥ずかしくて、目を見てお礼をいうことはできなかったけど。
ヴォルがいるならあの2人と向き合える、そんな気がした。
ヴォルはそんな私の頭をぽんぽんと優しく撫でてくれた。
それは私に安心感を与えてくれるもので──
ヴォルに向かって微笑むと、何故かそのタイミングでぐーとお腹が鳴った。
慌てて胃のあたりをおさえる。あまりの間の悪さに泣きたくなった。
「ぷっ……」
「ううっ」
笑われた。
恥ずかしすぎて顔を上げられない。
「くくっ……まぁ眠ってる間、何も食べてなかったからね。まずは朝ごはんだね……くっ」
「う、お願いします……もう笑いたかったら笑えばいいわ……」
ぷいっとそっぽを向いた私にごめんごめんと謝りつつも笑いが止まらないようで。
(まぁ……いっか)
複雑な気持ちは残ったまま。
それでも、いつもと変わらないヴォルの態度が、胸をじんわりと温めてくれる。
(……ありがとう)
心の中でもう一度、そっと呟いた。
◇◇◇
「先ほどは、ごめんなさい。寝ぼけていたのもあるのだけど……その、夢見が悪くて……」
「いや、気にするな。驚いたが落ち着いたのならいい。とりあえず食べろ。お腹が空いただろう?」
屋根の上から戻ってきた私たちを心配そうな顔で迎えてくれたが、何か話す前にヴォルが「まずは食事。他はそのあと」と執りなしてくれた。
私たちは今、話し合いをするために居間のソファに座ってテーブルを囲んでいる。
お兄様は昔と同じような優しい顔で私に話しかけてくれる。
私が見たかったのはこの顔だった。
冷たい顔じゃない。
そのことにホッとしたところでサイラス様も申し訳なさそうな顔で謝ってきた。
「……俺の方こそ、すまなかった。エリーが目を覚ましたことに安心して、気持ちが抑えられなかった……」
「いえ、大丈夫です……」
抱きしめられたことを思い出し、頬に熱が集まる。
そんな私の目の前には料理がいくつか並んだ。
「……この料理は?」
「俺が作った」
「……え?」
てっきり買ってきたものだと思っていた私は、思わず目を丸くする。
「固形物は胃が驚くだろうからね。まずはスープから」
手渡された器は、ほっとするほど温かかった。
公爵子息の彼が料理を作れるなんて──驚きは尽きなかったけれど、今はそれよりも空腹が勝つ。
その後もサイラス様は、まるで給仕のように順番に料理を運んでくれて、私が口にするたびにどこか嬉しそうに微笑んだ。
気づけば食事は終わり、私だけがみんなに見守られていることに、なんだか少しだけ気恥ずかしくなる。
食後の紅茶で一息ついたそのとき、空気がふっと変わった。
「じゃあ、さっそくで申し訳ないが──」
深刻な、思い詰めた顔でお兄様が切り出した。
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