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処刑された悪の王女は、贖罪を選ぶ 〜すべてを捨てたはずが、なぜか誰にも手放してもらえません〜  作者: はな


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26、姫さん、と呼ばれて


 先ほどまで私の部屋にいたはずだが、気づいたときには柔らかい風が頬を撫でていた。


 目を開けると、視界の下いっぱいに小麦畑が広がっていた。


「ここは……?」

「屋根の上」

「やねのうえ」


(やっぱり、忍者みたいだわ……)


 こんなときに何を考えているのだろう。


「……落ち着いた?」


 その言葉の方を見ると、ヴォルと目が合った。

 いつもより、ほんの少しだけ目元がやわらいでいる気がした。


 その言葉通り、一瞬で視界が変わったことで驚いたからか、涙はとまっていた。


 余談だが、前世で泣いている赤ちゃんにサングラスをかけさせたら泣き止む、という検証をしていたテレビ番組を思い出してしまった。

 

 ヴォルはそれ以上何も言わず、そっと私を下ろし、片膝を立てて寛いだ様子で座った。

 

 私もそのままゆっくりとヴォルの隣に腰を下ろす。


 しばらく言葉はなかった。

 風が麦を揺らす音だけが、さらさらと耳に残る。

 それなのに、不思議と苦しくない。

 ただ隣にいるだけで、呼吸がゆっくり整っていった。


 一息ついたところで徐々に、自分の状況を理解してきた。


 そしてだんだんと冷静になるにつれて、先ほど自分が取り乱しすぎたことが恥ずかしくなってくる。

 寝ぼけていたことは認めよう。


 ──でも


 自分で思っていたよりも、お兄様とサイラス様はどうでもいい存在とまでは、思えていなかったのかもしれない。


 そして前回のあの出来事の傷は、自分で思っていたよりも深かったようだ。


(……当たり前か。あんな最期、忘れられるはずがない)


 何となく納得しつつも、前回あんなことをされてもそれでもなお。

 あの2人は私にとっては大切な存在だということを痛感した。


 ただ何より、思ったのは──


 2人が、私を殺したいと思っているかもしれないこと。

 それを言葉にされること。

 そして2人と決別することが。


 ──怖かった


 死ぬのは怖くない。それは変わらない。


 それでも。


 かけがえのない思い出がある。私にとっては大切なあの2人を、私の中から消してしまうことは怖いらしい。


 何故怖かったのか。漠然とした恐怖の内容もわかり、頭も整理されていく。

 

 それと共に疑問も生まれる。

 留学中であるはずの2人が何故ここにいるのか。


 もしかして前回の記憶があるのか。

 そもそも前回の記憶があるのかもわからない。

 普通はないだろうと思う。なんで私が覚えているかはわからないが。


 でもどうしても時間が戻ったのかはわからないから、判断のしようもない。


 あの2人からしたら、ただ久しぶりに会った妹または婚約者なだけかもしれないのに。


 私はどう接すればいいのかわからない。


 結論は出ないまでも、頭の中で整理されてきたことで、私が落ち着いてきたのが伝わったのか。

 ヴォルが声をかけてきた。


「……体調は? どこか辛いところは?」

「体調?大丈夫……ありがとう」


 何故体調のことを聞かれるのか不思議に思うも、そういえばいつの間にかベッドにいたことを思い出す。


 体に異常はなく、よく寝たなという感覚があるだけだった。先ほどのことには触れず、心配してくれているヴォルに胸が温かくなる。

 

「どこまで覚えてる?倒れて今日でもう、3日目」

「3日!?」


 予想外の言葉に、驚きのあまりまじまじとヴォルを見つめた。

 彼は無言で軽くうなずく。


 ヴォルの話では、私は高熱が出ていたようで。

 ときおり意識があったようだが、そのときのことは正直何も覚えていない。


「迷惑かけて、ごめんなさいね」

「……別に。院長によると、疲労と知恵熱じゃないかって」

「あー……なるほど」


 たしかにあの日は理解が追いつかない状況が重なりに重なった。


 そしてもう最後には頭もオーバーヒートしてしまったのだろうことが容易に想像できた。


 あの襲撃のあと──


 ラルフさんがいなくなり、ヴォルもラルフさんを追って消えたときのことを思い出す。


 しかし記憶は何故かおぼろげだった。

 なんとか治癒魔法を怪我人にしたのか。したはずだ。その後は……どうだっただろうか。

 

 必死に思い出そうとするも、いまいち記憶があいまいで。


 それでも頑張って思い出そうとすると、少しずつ思い出してきたのは──


 治療が一区切りついたときなのか。頭が回らず、ひどくぼーっとしていた。

 疲れたのかな、とそれを自覚すると頭が酷く重く感じた。


 そんな中でも、あの日は理解できないことが多過ぎて考え込んでしまっていた。

 そして気づくとサイラス様が近くに立っていた。


 思わず後ずさってしまった私を見て、サイラス様はやはり辛そうな顔をして。

 伸ばしていた手を引っ込めて、少し視線を外した。


 そしてそのとき──


 おそらく薬品棚に背中からぶつかり、頭に衝撃を受けたのだ。

 それまでぐるぐると考えていた私は、その衝撃で気が遠くなっていった。


「っ!エリー!!そんな!私が少し目を離した隙に!なんてことだ!はっ!とても熱い──……」


 抱き止められ、サイラス様がそんなことを言っていたのが聞こえたのを最後に、そこから先の記憶がない。


 我ながら漫画のようなことをしてしまったと、乾いた笑いしかでない。


 ヴォルに覚えていることをざっくり話すと、補足しつつも教えてくれた。


 不幸中の幸いだったのは、襲撃を受けたのはまだあの部屋の人たちだけだったことと、そして私の魔法でも治る程度の怪我だったこと。


 ヴォルが戻ってきたのはちょうど私が怪我人のところを回り終わり、全員の怪我が治ったときのようで、部屋も整頓されていたそうだ。


 お兄様とサイラス様の魔法で掃除もされており、室内はほぼ元通り。以前よりも若干綺麗になっていたとかいないとか。


「そうだったの……あ……」

「ん?」


 ヴォルはまだ何かあるのか、という顔をして私を見ているが、私はそれどころではなくなった。


 先日のことは理解した。


 しかし先ほど、ヴォルは私のことを『姫さん』と呼ばなかったか。


 『姫さん』なんて呼ばれたのは、初めてだった。

 その一言だけが、妙に頭から離れない。


 たしかに王太子のことをお兄様と呼んでいたし、あの2人も私のことをエリーまたはエリザベスと呼んでいた。

 でもそのときにヴォルはいただろうか。


 そもそもヴォルとあの2人は交流があったから、私たちの様子でバレたのか。

 それにしてはヴォルはいつもと変わらない。私が寝ている間にそのことは消化されたのか。


 ──それともまさか、最初から全部、知っていた……?


読んでいただきありがとうございます!

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