23、否定しない罪
「っ!!」
殺される──
咄嗟に目を閉じて腕で頭を庇う。
そのときキィィンっと金属と金属がぶつかる高い音が響いた。
はっと目を開けた途端、私とラルフさんの間に人が入り込んでいた。
そして私の目の前には、大きな背中があった。
「……え?」
持ち上げた視線の先に見えたのは銀色の髪。
(この、髪の色は……)
まさか、と驚きのあまり目を見開く。
金属が擦れるギリギリという音を立てながら対峙していた2人だが、ラルフさんは一瞬目を見開いたかと思ったらすぐさま飛びのいた。
「……これはこれは……そうか、そうだったのか……僕としたことが……ふふっ」
「……お前は、許さない」
ラルフさんは、ふ、と口元を緩めた。
まるで楽しげに見えるのに、そこに“熱”は一切なかった。
そんな中、底冷えのする声が聞こえた。
背を向けられているので、目の前のこの男の人がどんな表情をしているかはわからない。
私は呆然としたまま、ラルフさんの攻撃を防いでくれた人物を見上げた。
昔よく見た銀色の髪が目に映り、信じられないその人物に、口から言葉が溢れる。
「……サイラス、様……?」
私の声に彼は答えない。ラルフさんに剣を向けていた彼は恐ろしいほど冷えた殺気を帯びた声を出した。
「私の婚約者に何をする」
「え?あぁ……そういうことですか。じゃあ、あちらは……」
ちっと舌打ちした音が聞こえたかと思ったら、サイラス様と思われる人がラルフさんに切り掛かっていた。
(私の、婚約者……)
彼は私を背で庇いながらも、優美な抜身の剣が風の音からもかなりの速度でラルフさんと渡り合っていることがわかる。
もう私の目では追えないほどの早さで、お互い的確に刃を交えている。
恐ろしいまでの正確な剣技が目の前で繰り広げられており、目を見開くことしか出来ない。
それから何度か剣戟の音が響いた後、ラルフさんが呟いた。
「ふーん……噂通り……いや、それ以上ですね。でも僕はあちらでも……」
「っ!!」
そう言ってちらりとハルさんのほうに視線を向けると、サイラス様の前から消えた。
「ジーク!!」
「ああっ!」
サイラス様が『ジーク』と呼ぶ人物は1人だけ──
サイラス様がここにいるならいるのだろう。
なぜそこにすぐに考えが至らなかったのか。
同時にあのハルさんに感じた安心感の正体がわかった。
しかし今はそれどころではなく。
再び剣が交わる音がしたとき、ジークと呼ばれた男の前に立っていたのは──
その姿を見て、何故だかホッとした。そんなに長い付き合いでもないはずなのに。
「……ヴォ──」
「……あ」
(?!)
名前を言い終わる前に、ラルフさんの動きが止まった。
息を呑む音。
次の瞬間、彼は一歩、二歩と後ずさる。
まるで眩しいものを直視したみたいに。
熱に浮かされた目で、ヴォルを見つめたまま、掠れた声が落ちる。
「……本物……?」
震える指先が、そっと胸元を押さえる。
「……僕なんかに、会いに来てくれたんですか」
呟きに近い声だった。
歓喜というより、祈りみたいな響き。
「……すごいな……本当に、ヴォルさんだ」
爛々とした目だけが異様に光っている。
なのに、声はひどく静かだった。
対してヴォルは、いつも通りの無表情で肩をすくめる。
「……だったら何」
二人が向き合っただけで、部屋の空気が重く沈んだ。
誰も何もしていないのに、胸の奥がざわつき、うまく息が吸えない。
今日は理解が追いつかない事態が多すぎて、頭がまわらない。
それでも確かめなきゃと思って、私は震える声を無理やり絞り出した。
「ラルフさん、全て嘘だったのね……妹の話も全部……」
「ふむ……僕は屑で愚劣で、他人の道徳なんて一度も理解したことがない」
「は……?」
ラルフさんの声は静かで、感情がそこに乗っているようには聞こえなかった。
愚問だ、とでもいいたげな顔をしてラルフさんは、頭良いのかと思ってたけど鈍感なんだね、と言いながら私を見る。
もうわかっていたこととはいえ、言葉が出てこない。
「あなたもそれがわかったからプロポーズ断ったんでしょ?」
「「な……?!」」
「………」
ラルフさんがひどくつまらなさそうに続けて言った言葉に、その場にいる3人が固まる。
静まり返り、それでも真っ先に声を出したのはサイラス様だった。
「……殺す」
地を這うような絶対零度の響きのある低い声を出して目で見ることができるほど、魔力をその体から溢れ、漂わせていた。
「そんなに怒るなよ……もう終わった話なんだから……」
ラルフさんは面倒くさいという気持ちを隠そうともせずに、ってかフラれた僕が何で殺されなきゃいけないの、と言っている。
たしかに、と思ってしまった私はもう脳みそが疲れ切ってしまっているのだと思う。
「依頼を完了する、それだけ。騙そうが脅そうが殺そうが、全部ただの結果。僕にとっては単なるルールなんですよ……そういうものでしょ?ヴォルさん」
そう言うラルフさんの声音は平坦で、まるで道具の使い方を説明するみたいだった。
ヴォルは何も答えず、無表情で目の前の敵を見つめている。
「ヴォルさんは、僕にとっての理想なんです」
そう言って、ラルフさんはただ静かにヴォルを見つめた。
熱に浮かされたみたいな目だけが、異様に光っている。
「何人、殺しましたか? 一番美しかった殺し方は……どんなふうでした?……全部、知りたいんです」
(理想……?)
「なんなの、お前……」
ヴォルが低く吐き捨てる。
その瞬間、ラルフさんの目が熱を帯びた。
「……やっと会えた」
それは祈るみたいな声だった。
「あなたが親友を殺したって聞いたとき……ああ、この人は本物だって思ったんです」
嬉しそうに、恍惚と笑う。
「ずっと、尊敬してました」
「何をっ……!!ヴォルはそんなこと……」
親友を惨殺だなんてしていない。
私は知っている。ヴォルは、親友のネックレスを大切にしていることを。
小説に書いてあった内容だけど。
そして無意味な暗殺はしない。
反応した私にラルフさんはゆらりと狂気の視線を向ける。
「うるさいなぁ……何も知らないのなら黙っててくれますか……ねぇ?ヴォルさん」
「…………」
(ヴォル……どうして、否定しないの……?)
そのとき急に小説の中の内容が頭に浮かんできた。
お兄様に依頼されるようになり、のちに王家の影になるに至った経緯のなかに──どうして、ヴォルがお兄様を選んだのか。
その理由を、思い出してしまった。
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