22、まだ壊れていない
目の前で音もなく消えたラルフさんが向かったところは治療院で間違いないだろう。
(このままでは皆、殺されてしまう……!)
苦しい胸を抑えながら、必死に転移魔法を展開する。
次の瞬間、落ちるような衝撃が走った。
霞む視界の中、見慣れた天井が映る。
……治療院の、私の部屋だ。
そのとき、ドタバタという足音と共にドアがバンっと開いた。
「エリーっ!!!!」
(どうして、私の名前……)
視界が霞み、もう誰だか判別できないが、この声は昔──
昔の記憶がよぎる。
……走馬灯、なんて言葉が頭をかすめた。
「っ……はっ…!」
しかしまずはここにいると危ない。
それを伝えたいのに、まともな言葉がでない。
その人が私を抱き起こして耳元で呼びかける。
「エリー、大丈夫か!!……呼吸が、できてないのか!?」
「なんだと!?」
「今、俺の魔力を送るから……!!」
遠くから、もう一人の声。懐かしい。
ぎゅっと抱きしめられる。
触れた場所から、何かが流れ込んできた。
その間にもその人は私に話しかけ続けている。
「本当にごめん……俺が不甲斐ないばかりに……あの時、もう2度と君を傷つけないって、誓ったはずだったのに……!」
(あの時、っていつのこと……?)
もう体に力が入らず、目を開けていられず瞼を閉じる。
「っ……!!エリー、目を開けてくれ!このままじゃ間に合わない……エリー……すまない」
何故か謝罪の言葉が聞こえると、その人は少し冷えた震える手で私の顎を優しく掬い上げる。
そして、そのまま唇を重ねた。
すると温かい魔力が、口移しで流れ込んでくることがわかる。
そう認識したのを最後に、意識が途切れた──
◇◇◇
「……前!なにやってるんだ!」
誰かの怒鳴り声が聞こえる。
(これは……ハルさんの声?)
ハッと意識を取り戻すと、目の前でハルさんがエリックさんに詰め寄っていた。
「救命措置だ。ほら、呼吸が穏やかになっただろう」
「わ、わかっているが!お前、あのようなことをしたのなら、せっ、責任を……!」
「喜んでとるから大丈夫だ。安心しろ」
ハルさんが、お前なぁ!!と何やら怒っていることが伝わってくる。
「……は…るさん?」
「サラ!?」
いつの間にかベッドに横になっていたようだ。
ハルさんが駆け寄ろうとしたところで、エリックさんがそれに勝る勢いでハルさんを押しのけた。
そして私の手をぎゅっと握り、心配そうな顔で声をかけてくれる。
「気が付いてよかった!大丈夫?一応魔力を直接流し込んで、かけられていた魔法は相殺したけど……他にどこか痛いところとかはないかい?」
「エリックさん……?はい、大丈夫です、けど……」
(近い……それに魔法を相殺って……?そもそも2人はなんでここに……)
「離れんか!」
「少しくらいいいだろう?」
「いやだめだ!」
いろいろと状況がわからないが、ハルさんとエリックさんは何やら言い合いをしている。
説明を求めて入り口近くに何故かいた院長先生を見る。
「……いやっ、わしは、何も見とらんっ!」
頬を赤らめ、ぶんぶんと首を横に振るばかり。
私はよく分からないままハルさん達に視線を戻した。
「あの、何があったんですか?私……」
「ああ、もう大丈夫だよ。ここは治療院だ。君は、転移魔法が使えるんだね。咄嗟によくいたところへ飛んだのかもしれないな……一応医者に見てもらったほうが──……」
(転移魔法……あ!)
一瞬、何を言われたのかわからなかった。けれど、すぐに重大なことを思い出す。
「あの!!大変なんです!!」
「うおっ?!」
「どうしたの?」
驚いたハルさんの声と、またずいっと近づいてきたエリックさんに戸惑いつつも話を切り出す。
「ラルフさんが治療院の人たちを皆殺しにすると!そう言って消えたんです!」
「な、何だと!?」
「急がないと──」
ふらつきながら立ち上がると、咄嗟にエリックさんが支えてくれる。
そのとき、遠くから複数の悲鳴が聞こえた。
(行かないと……!!)
真っ先にハルさんが廊下へと飛び出し、声のする方へかけていった。私もついていこうとするもよろけてしまう。
「失礼」
「きゃっ!?」
するとエリックさんは私を横抱きにして走り出した。
驚いた私は咄嗟に落ちないように首元にしがみついてしまう。
すると、エリックさんも驚いたように私をチラッと見た。バチっと目が合うと、こんな状況なのに嬉しそうに顔を綻ばせて視線を前に向けた。
(なんで、そんな顔……)
この人は、何なのだろうか。本当によくわからない。でも今は──
「──……その手を離せ!!」
程なくして辿り着いたのはまだ軽傷の患者さん達の部屋だった。先に走っていったハルさんが叫んでいる声が聞こえる。
エリックさんにお礼を言って降ろしてもらい、部屋に飛び込む。
「ハルさん!!」
(?!)
真っ赤な血が花のように散らばる部屋の奥で、副院長の首をラルフさんが締め上げている。
整頓されて並んでいたベッドはガタガタで、横にひっくり返っているものもある。
部屋の至る所からうめき声が聞こえ、血の匂いがする。
患者さんたちを見ると体からは至る所から出血していた。
ラルフさんと対峙しているハルさんは魔法をすぐに発動できるように構えているが、迂闊に攻撃もできないのだとわかった。
「やめて!!」
「あれ?……まだ壊れてないんだ。おかしいな」
退屈そうに呟きながら、ラルフさんは副院長の体を手から物みたいに放り出した。
鈍い音を立てて、床に転がる。
「くっ……!」
「副院長!」
ふっとその姿が視界から消えた。
瞬きをした次の瞬間、もう目の前に立っている。
ラルフさんと目が合う。
その瞬間──細い刃が、音もなく閃いた。
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