間話② ある男の困惑
ヴォル視点でのこれまでをざっくりと。
「お前! ふざけるなよ!! なんでエリザベスが伝染病の発生源にいるんだ!?」
胸ぐらを掴まれんばかりの勢いで詰め寄られる。
……相変わらず声がでかい。
こいつは正義感の塊みたいな男だ。
嫌いじゃない。
むしろ、為政者としては上出来な部類だ。
──まあ。
将来本当に仕えるかどうかは、まだ保留だけど。
「おい、ひとまず落ち着けジーク。優先すべきはエリーの安全だ。エリーに何かあったら、そのときは……」
横から口を挟んできたのは、もう一人。
口調は冷静で態度も穏やか。
……なのに。
俺を見る目だけが、完全に“殺す側”のそれだった。
(いや怖いんだけど)
なんで俺が脅されてんの。
落ち着かせてるフリして、殺気だだ漏れなんだけど。
こんな堂々と敵意を向けてくる人間は初めてだ。
(……ほんと何なの、こいつら)
面倒くさいのを拾った気しかしない。
こいつは本来、もっと「まとも」な男のはずだった。
浮いた噂なく、真面目で実直、品行方正。
数年前までは近衛騎士団の見習いで、魔法剣技の腕も相当、人当たりも穏やか。
欠点といえば「表情が薄い」くらい──
……それが俺の掴んでた情報の、はずなんだけど。
(……こんな奴だったっけ?)
姫さんが絡んでから、どうにも様子がおかしい。
初めて会った時も、その後も、調査通りの無害で冷静な男だった。
なのに今は、殺気を隠す気すらない。
別人かよ。
「はぁ……仕方ないでしょ。あんたたちがいた場所からは距離もあるんだし……」
思わずため息が漏れる。
……ほんと、面倒くさい。
何でも屋なんて肩書き、持つもんじゃないと切実に思った。
◇◇◇
正直、姫さんのことは最初は面倒そうな客だと思ったが、彼女と話せば話すほど引き込まれた。
もともと依頼があったから、調査していたエリザベス王女は──
王女であるくせに何もしない、無能。
我儘放題の浪費家。
王宮から一歩も出ないくせに、宝石やドレスを買い漁り、国王夫妻より金遣いが荒い。
侍女やメイドも気に入らなければすぐ罰する。
──そんな、胸くそ悪い噂ばかりが山ほど出てきた。
けれど妙だった。
噂はいくらでも集まるのに、出どころがはっきりしない。
辿ろうとすると、決まって「聞いた話」に行き着く。
そして何より──
実際に被害に遭った人間が、ひとりも見つからなかった。
……問題は、この内容をどう扱うかだ。
依頼とはいえ、さすがに酷すぎる。
切羽詰まった様子で寄越された連絡。
あれは間違いなく、王女を気にかけている人間のものだった。
そんな相手に、裏も取れていない悪評をそのまま渡すのは気が引ける。
もう少し裏付けを集めるか、それとも「調査途中」として報告するか。
さて、どうしたもんか──
そう頭を悩ませていた、ちょうどそのときだった。
ちなみに王女だと知ったときから、口には出さないが心の中では「姫さん」と呼んでいる。
……柄じゃないのは、自覚してる。
けど、そう呼ぶほうがしっくりきた。
そしてその姫さんは──
どう考えても、噂の人物とは一致しなかった。
話せば話すほど、違和感しかない。
傲慢でもないし、横暴でもない。
むしろ拍子抜けするくらい、普通で……妙に放っておけない。
自分の価値を分かっているのか、いないのか。
何か目的があるのは確かだが、それが何なのかは見えない。
掴みどころがなさすぎる。
依頼内容自体は単純だった。
マイザーまで連れていくこと。
滞在先を用意すること。
それだけ。
対価にもらった魔石は破格。
何でも屋としては、笑いが止まらないレベルの儲け話だ。
面倒も危険もない、ただの楽な仕事。
──その、はずだった。
……どこで計算が狂ったのか。
気づけば、こんな面倒事のど真ん中にいる。
その件とは別に、俺自身マイザーに用事があった。
わざわざ俺が出向くほどの案件じゃない。
けど、あの方面にはまだ支部がない。
──じゃあ、ついでに作るか。
そんな軽いノリで、俺が同行することになった。
……まあ。
姫さんには「マイザーにも支部がある」と言ったけど。
本当は影も形もない。
下心がなかったと言えば嘘になる。
依頼人に余計な警戒をさせたくなかっただけ。
ただ、それだけのはずだった。
初対面の翌日に出発だなんて無茶を言われて、こっちは大慌てだった。
空き店舗を押さえて、家を確保して、家具もそれっぽく並べて。
即席の“支部”をでっち上げる羽目になった。
道中、いくつか町に寄りたい、なんて要望があったおかげで、準備の時間が稼げたのは不幸中の幸いか。
……そして移動中。
少し探りを入れたつもりが、逆に不意打ちを食らった。
『……私ね、十六年間、一度も家の外に出たことがなかったの』
ぽつりと、独り言みたいに姫さんが言った。
『小さな世界の中で生きてきて、自分はなんて不幸なんだろうって思ってた。それでも、生きていく上で何かに困ったことはなくて……それが普通なんだって、疑いもしなかった』
そこで一度、空を見るみたいに視線を上げて。
『でも、違った。それは“普通”なんかじゃなかった。……奪われるのは、すぐなのよ』
静かな声だった。
泣きもしないが怒りもしない。
ただ、諦めきったようで──
なのに、どこか覚悟を決めた目をしていた。
……なんなんだ、こいつ。
いや、わかっているはずだった。
エリザベス王女──箱入りの姫君。
けれど目の前の彼女は、どうしてもそんな存在には見えなかった。
とてもじゃないが、何も知らない世間知らずの十六歳の小娘の言葉には聞こえなかった。
あんな目をするガキがいるか。
何があったのか──聞いても話すはずがない。
答えは一つだった。
腹の底で、すとんと何かが落ちる。
あの悪評も、あの噂も……全部、嘘。
誰かが悪意をもって、この子を地面に叩き落とそうとしている。
結局、俺が“サラ=王女”だと知っていると悟られるのは悪手だと判断して、それ以上は踏み込まなかった。
下手に探れば、距離ができる。
それだけは避けたかった。
マイザー行きが急に決まり、準備や手配に追われて、気づけば数日が飛ぶ。
姫さんの目的も読めず、王太子への連絡も後回しのまま。
……本来の俺なら、あり得ない判断だ。
なのに。
馬車での長旅。
隣に座るのが当たり前になって。
“そばにいる”ことに、慣れてしまっていた。
そのせいで気づくのが、少し遅れた。
夜も更けたころ、情報集めのときいつものような連中に絡まれた。
……まぁ、よくあることだ。
向こうが喧嘩を売ってきて、勝手に転がる。
俺より強いやつなんて、そうそういない。
が、問題はそこじゃない。
──見られた。
ほんの一端とはいえ、俺の“仕事”を。
夜明け前だったから、さっさと切り上げた。
血の匂いが残るまま、姫さんを部屋まで送り届ける。
体が強いほうじゃない。
あんなもの、見せるべきじゃなかった。
……らしくない判断だ。
落ち着かず、結局夜が明けてすぐまた姫さんの家に足が向いていた。
様子を見るだけ。
ただそれだけのはずだったのに。
当の本人はというと暖かい室内で、椅子にもたれてうとうとしていた。
俺に気づいた瞬間、変な声を出して飛び起きて、慌てて挨拶。
……相変わらず、緊張感ゼロ。
呆れると同時に、妙に肩の力が抜けた。
正直、今さら殺す気はない。
……最初は、必要なら切るつもりだったくせに。
(……どの口が言うんだか)
そう思いながら、探るように言葉を投げる。
いつも通りの顔で、いつも通りの世間話。
──そのはずだった。
なのに姫さんは、信じられないことを言った。
『私は……ヴォルに怪我がなければ、それでいいわ』
『──は?』
思わず、間の抜けた声が漏れた。
たぶん姫さんは俺が誰かを殺してきたと勘違いしている。
……まぁ間違ってはいない、けど。
出てくる言葉が、それか?
普通は違うでしょ。
怖がるか、距離を取るか、問い詰めるか。
……そのどれでもない。
こいつはただ、「わかってるから大丈夫」とでも言いたげに笑った。
──俺を、気遣うみたいに。
(……意味わかんない)
俺の裏を知った人間は、崇拝するか、怯えるか──そのどっちかだ。
例外は、あの王子だけだった。
なのに、この姫さんも同じ顔をする。
(……何考えてんの、ほんと)
そう思うのに、胸の奥は妙に静かだった。
ざらつきがいつの間にか消えている。
そして気づけば視線で追っている。
──こいつ、何なんだ。
最初の威勢は影もなく、無防備で危なっかしい。
放っておいたら、そのうち本気で死にそうだ。
(……見てるだけじゃ、足りない)
守る義理なんてない。
依頼以上のことをする理由もない。
なのに、視線が離れない。
それに──あの顔で、あの態度。
自分がどれだけ厄介か、まるでわかっていない。
……ほんと、手のかかる姫さんだ。
あのラルフとかいう男は、どうにも裏がある。
俺も探るつもりだが、あえて姫さん本人にも調べさせている。
少しは警戒心を持ってくれればいい。
……まあ、あの性格じゃ無理か。
ようやく全体像が見え始めた、その矢先。
面倒の種が、二つ増えた。
──あの二人だ。
マイザーにいることだけ軽く報告して、詳細は後で送るつもりだった。
まだ調査途中だってのに。
よりにもよって、このタイミングで来るのか。
ハルはまだいい。
うるさいが、いつも通りだ。
問題は、もう一人。
(……あいつ、あんな奴だったか?)
昼間、姫さんに会ったときの様子を思い出す。
完全に挙動不審で目がやばい。
数年会わないうちに頭でも打ったのかってレベルだ。
俺が睨んでたのに気づいたのか、「感情が動くのは彼女のことだけだ」とか意味のわからんフォローまでしてきた。
知るか。
十分すぎるだろ、それ。
姫さんだけでも手一杯なのに、さらに問題児が二人追加。
それぞれの依頼は、どれも単純だったはずだ。
送迎と滞在先の確保。
軽い護衛。
ついでの調査。
それだけ……だったはずなのに。
(なんでこんな面倒なことになってんの)
思わず、ため息が漏れる。
正直、全部放り出して消えるのが一番楽だ。
それなのに。
──逃げる気は、まるで起きない。
我ながら意味がわからない。
姫さんと関わってから、知らない感情ばかり増えていく。
面倒だし、振り回されるし、心臓に悪い。
……けど。
嫌かと聞かれたら、それも違う。
「無防備すぎないか……はぁ……心配しかない」
「俺がお前の防波堤になるから安心しろ」
「そういうことではなくて……」
二人の小声のやり取りが聞こえる。
エリックの言いたいこともわかる。
あの姫さんは本当に危なっかしい。
けど、ハルもいるし俺もいる。
どうにかはなるだろ。
当の本人は何かふわふわ考えて込んでいるし。
(……ほんと、世話が焼ける)
我ながら厄介な人たちと関わってしまったな──
逃げる気にも、なれないあたりが──いちばん厄介だ。
読んでいただきありがとうございます!




