18、突然の同居人
その日、手伝いを終えての帰り道。
昼間の出来事が気になって、私は隣を歩くヴォルに声をかけた。
「あの二人、ヴォルの知り合いなの?」
「まぁ……知り合いといえば知り合いだし、違うと言えば違う」
「……どういうこと?」
「さぁね」
相変わらず、要領を得ない返事だった。
それ以上聞いても、きっとはぐらかされるだけだろう。
でも、まったくの他人じゃない──そんな気配だけは伝わってきた。
しばらく沈黙が続き、石畳を踏む足音だけがやけに大きく響いた。
不意に、ヴォルが小さく声を漏らす。
「あ」
「ん? どうかした?」
見ると、彼は何か言いづらそうに、わずかに眉をひそめていた。
ヴォルがこんな顔をするのは珍しい。
胸が、どくんと鳴る。
──ただ事じゃない。
無意識に息を飲み、私は次の言葉を待った。
しばらく黙っていたヴォルが、気まずそうに頭をかいた。
「あー……今日から、サラの家にあの二人……ハルとエリックも住むから」
「……え?」
思考が止まる。
「部屋、あと二つ空いてるでしょ」
「空いてる、けど……」
「しばらく滞在するみたいなんだ。そこ使わせて。素性はちゃんとしてるし、危なくはない」
さらっと言うけど。
……いや、さらっと言う話じゃないでしょう。
知らない男の人と同居?
頭が追いつかなくて、言葉が出てこない。
正直、静かに暮らしたかったから気は進まない。
でも、ここまでお世話になっている身で、今さらわがままは言えない。
魔石を渡しているとはいえ、それとこれとは別だ。
(……短い間、よね)
あの二人の顔を思い出す。
変な人たちだったけど、悪い人には見えなかった。
(少し話せば……友達、くらいにはなれるかしら)
「……わかったわ」
「……いいの?」
珍しく、ヴォルが確認してきた。
「ええ。ただ、私……」
そこまで言いかけて、はっとする。
一緒に住むなら、伝えておかないと。
体調を崩す日があること。
ときどき部屋にこもること。
迷惑をかけるかもしれないこと。
──でも。
喉の奥で、言葉が引っかかった。
──最近、体調を崩していない。
忙しさで気づいていないだけか。
それとも、本当に少し良くなっているのか。
前は薬で症状を抑えるしかなかったのに、ここしばらくは薬にも手を伸ばしていなかった。
(……もしかして、もう──)
「……なに、そんなに嫌なの」
「……え?」
低い声に、はっと顔を上げる。
気づけば足が止まっていた。
考え込んで、無意識のうちに立ち尽くしていたらしい。
目の前にヴォルの顔があった。
眉間に皺を寄せ、覗き込むみたいに近づいていて距離が近い。
「大丈夫?」
何の話だったか、遅れて思い出す。
「あ……いや、大丈夫よ」
「……そ? ならいいけど」
訝しげな視線だけど、それ以上は踏み込んでこない。
そのことに、少しだけ胸を撫で下ろした。
……病気のことは、まだ誰にも言っていない。
ヴォルはきっと、ただ「体が弱い」と思っているだけだ。
寝込んでいるところを何度も見られているから。
それで、十分。
──まだ、言わなくていい。
そう自分に言い聞かせながら、私はまた歩き出した。
再び歩き出してすぐ、家に着いた。
けれど二人は隣のグレイキャットにいるらしく、私たちもそちらへ向かう。
「……戻ったよ」
「おお。お疲れ様、二人とも」
扉を開けると、やはりハルさんとエリックさんの姿があった。
「お疲れ様、サラさん」
「あ、ありがとうございます」
声をかけられて頭を下げた、そのとき。
す、とエリックさんが近づいてくる。
……近い。
そして視線が、私をなぞった。
髪から、肩へ。
胸元、腕、指先。
それから足元まで。
確かめるように、ゆっくりと。
(……え)
思わず外套の前を握る。
どこか変だっただろうか。
服? 髪? 汚れてる?
わからないのに落ち着かない。
昼間に背中を走った、あのぞわりとした感覚がふいに蘇る。
熱心に見られているだけなのに、目を逸らしたくなった。
(この人……どうしたのかしら)
視線を受け止めきれず、言葉が喉につかえる。
「あ、あの……?」
「……いえ、失礼しました」
エリックさんは一歩だけ距離を詰めた。
「ご多忙だとは聞いていますが、ご体調はいかがですか?」
「た、体調ですか? は、はい……大丈夫、ですけど……」
「……そう、ですか。それなら、いいのですが」
そう言いながら、視線だけは離れない。
まるで嘘を探すみたいに── 逃げられないか確かめるみたいに、じっと私を見ている。
思わず一歩下がった。
隣でヴォルが、露骨に眉をひそめる。
「エリック。とりあえずその辺にしとけ。時間も遅いんだ。休ませてやれ」
「……そうだな。すまない。心配のあまり……」
しゅん、と肩を落とす。
反省しているように見えるのに。
それでも、視線だけが──離れなかった。
「それで、俺たちはどこに滞在させてもらえるんだ?……ここか?」
ハルさんの明るい声で、ようやく空気が動く。
けれど胸の奥のざわつきは、消えなかった。
ハルさんが気を取り直したように、ヴォルへ声をかける。
その言葉につられて、私もようやく室内を見回した。
──あれ。
思っていたより、ずっと質素だ。
簡素なテーブルと椅子がいくつか置かれているだけ。
生活感らしい生活感がない。
「……いつもヴォルはここで生活しているのよね?」
「……さぁね」
「さぁね?」
相変わらずの適当な返事だった。
でも何でも屋の仕事で家を空けることも多いのだろう、と勝手に納得した。
「二人はサラの家で。部屋、二つ空いてるから」
「な!?」
声を上げたのはエリックさんだった。
けれどヴォルは意に介さず続ける。
「さっき話した通り。この街に滞在するなら、今はそこが一番安全だ」
「そ、それはそうかもしれないが……」
「俺は構わないが……サラはいいか?」
「はい。大丈夫です」
(安全……伝染病対策、よね?)
少し引っかかったけれど、深くは考えなかった。
ふと気づけば、ハルさんは自然に私を呼び捨てにしている。
でも嫌な感じはしない。
むしろ、少しだけ距離が縮まったみたいで。
この人は、不思議と安心できる。
(ルームシェア、か……仲良くなれるといいな)
そんな呑気なことを考えていた、そのとき。
「……無防備すぎないか……」
「はぁ?」
「心配しかない」
「俺がお前の防波堤になるから安心しろ」
「そういう意味じゃない……」
小さな声で交わされる二人のやり取り。
けれど──
その視線が、ずっと私に向けられていたことに──このときの私は、まったく気づいていなかった。
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