17、気づかなかった視線
瞬く間に、数日が過ぎた。
ラルフさんと交流を重ねながら、私は魔法で治療ができないか試行錯誤を続けている。
了承をもらえた患者さんには、魔石を使った治験にも協力してもらった。
ヴォルに頼み、白色──おそらく聖属性だと思われる──魔石を、大小さまざまな大きさと等級で用意してもらう。
魔力を注いでは使い、試行錯誤を繰り返すうちに、いくつか分かったことがあった。
最初は「大きさ=入る魔力量」だと思っていた。
けれど実際は違う。
等級の高い魔石は、小さくても多くの魔力を蓄えられるのだ。
等級が上がるほど、蓄えられる魔力量は桁違いに増える。
その代わり、注入には時間がかかる。
そして、もうひとつ。
私自身が直接使う治癒魔法よりも、魔石に込めた魔力を使ったほうが、なぜか効果が高い。
──おそらく、注入した魔力には属性が付いていないからだ。
質のいい魔石にたっぷり魔力を溜め、それを媒介に治癒魔法を使う。
そのほうが、ずっと強い治癒が可能だった。
二度手間ではある。
けれど、格段に効き目が違う。
しかも魔石さえあれば、私以外でも治療ができる。
(……魔石って、もしかして万能なんじゃ……?)
そう思ったものの、現実は甘くない。
国境に近いこのマイザーでは、高等級の魔石はそう簡単に手に入らなかった。
さらに、別の方法も試してみた。
前世の母が、最期に腎臓透析を受けていたことを思い出したのだ。
魔石の治癒魔法に水魔法を重ね、体内をゆっくり“洗う”ように魔力を巡らせる。
すると──赤い斑点が、目に見えて薄くなり、症状も明らかに軽くなった。
手応えはあった。
ただし──時間がかかりすぎる。
ゆっくり水分を循環させる必要があるうえ、集中力も削られる。
終わるころには、どっと疲労が押し寄せた。
治癒魔法自体は魔石で補える。
でも水魔法を使えるのは、今のところ私だけ。
これでは、患者数にまったく追いつかない。
希望が見えた矢先に、また新しい問題。
重症の患者さんから順に施術しているけれど──
「さて……どうしたものか」
思わず、途方に暮れてしまった。
そんなときのことだった──
気晴らしに薬草の採集を手伝った私は、ラルフさんと一緒に治療院へ戻ってきた。
これから二人で、少し遅めの昼食を取るつもりだ。
「ラルフさん、薬草以外の植物にも詳しいんですね」
「採集しているうちに、自然と覚えただけだよ」
肩の力が抜けた会話。
いつの間にか敬語も崩れはじめていて、距離が縮まっているのがわかる。
──そのときだった。
奥のほうから、何やら言い争う声が聞こえてきた。
「……前! ふざけ……なよ!!なんでここに……!!
「おい、……落ち着けジー……。まず優先……ことは──」
「はぁ……仕方な……距離もあ……んだし……」
(……ん? ヴォルの声?)
聞き覚えのある低い声に、思わず足が止まる。
次の瞬間──
「っ!?」
「きゃっ!」
治療院から飛び出してきた誰かと正面衝突した。
バランスを崩し、そのまま尻餅をつく。
(いたた……)
「す、すまな……い!?」
慌てた声に顔を上げると、目の前に差し出された手があった。
焦茶色の髪に、紫色の瞳。
驚くほど整った顔立ちの、見知らぬ青年。
至近距離で目が合う。
(……誰?)
「あ、ありがとうございます」
反射的にその手を取る。
──けれど。
引き上げてくれる気配が、ない。
握られたまま、離されない。
まるで確かめるように、ただ見つめ合う形になる。
「あの……?」
声をかけても、彼は固まったまま動かない。
なぜか、ぎゅっと手だけ強く握られている。
(え、どうしたの……? 自分で立っていいのかな……)
「……何で動かないの?」
「はぁー……ったく……おい……」
呆れた声に視線を向ける。
そこには、心底変なものを見るような目をしたヴォルと、赤い髪に私と同じ黄緑色の瞳をした見知らぬ青年が立っていた。
(……この人たち、ヴォルの知り合い?)
「ごめんな、今どかすから……」
「しっかりしろ!」
赤髪の青年が、固まったままの彼の頭を遠慮なくぺしっと叩く。
そして空いている私の手を引き、ひょいっと立ち上がらせてくれた。
その手はすぐ離されたけれど──
なぜか、もう片方の手はまだ握られたままだ。
(……あれ?)
「……ありがとうございます、助かりました」
「いや……怪我はないか?」
「はい、大丈夫です」
赤髪の人と会話しながら、ちらりと茶髪の青年を見る。
……まだ固まっている。
しかも、しっかり手を握ったまま。
(え、どういう状況……?)
視線が合った瞬間、彼はハッと我に返ったように口元を押さえた。
「っ、す、すまない……怪我は……」
「い、いえ……大丈夫です……」
さっきと同じことを、また聞かれた。
「おい、落ち着け。今のお前、完全に不審者だからな」
「仕方ないだろう……!」
茶髪の青年が真剣な顔で反論する。
「夢にまで見たんだ……こんな形で……やっと……やっと会えた……はっ、でも髪が……」
「だから落ち着けって」
赤髪の青年が深いため息をついた。
何事か、小声で言い合っている。
ちら、とこちらを見た彼と目が合った。
──次の瞬間。
その瞳に、じわっと涙が滲んだ。
泣きそうな顔をしたかと思えば、今度はさっと血の気が引いて真っ青になる。
(……この人、大丈夫かしら。あ、ここの新しい患者さんとか……?)
情緒が忙しすぎる。
こっそり二人の顔を見比べる。
……どこかで見たことがある?
でも、私の狭い交友関係の中に、こんな特徴的な人はいない。
(気のせい、よね)
王都ならともかく、ここは国境近くのマイザーだ。
知り合いに偶然会うなんて、あるはずがない。
そう自分を納得させて、私は姿勢を正した。
「失礼しました。私はサラといいます」
「俺は……ハルだ」
「──……エリックだ。先ほどはすまない」
「いえ、怪我もしていないので大丈夫です」
「それならよかった。あの……その……」
言葉を探すように視線が泳ぐ。
そして、ふいにラルフさんのほうへ向けられた。
「……?」
交差した二人の視線を、ヴォルの呆れた声が遮った。
「ねぇ、サラ。どこか行く途中だったんじゃないの?」
「あ、そうだったわ。ラルフさんとお昼ご飯を──」
「なら急いだら?もうこんな時間」
「そうね。じゃあ、失礼します」
二人に軽く頭を下げ、踵を返す。
──そのとき。
ぐい、と手首を掴まれた。
振り向くとエリックさんだった。
「え?」
「あの……その方とは、どういう……」
「え? ラルフさん? 同僚ですけど……」
調査対象、なんて言えるわけもなく。
無難に答えると彼はぴたりと固まり、そして口元を押さえふいっと顔を背けた。
……と思った次の瞬間、こちらを見て、にこっと笑った。
その笑みは整いすぎていて──どこか、温度がなかった。
まるで、逃がすつもりが最初からないみたいに。
「……っ」
ぞわ、と背中に冷たいものが走った。
理由のわからない寒気が、ほんの一瞬だけ。
(なに……今の)
本能が、小さく警鐘を鳴らす。
……早く、ここを離れたほうがいい気がした。
「そ、それでは……失礼しますね」
「ええ。失礼しました。また、のちほど」
エリックはそう言って、そっと手を離した。
──綺麗すぎるほどの、穏やかな笑み。
(……のちほど?)
胸の奥がざわつく。背を向けて歩き出しても、視線が背中に刺さったままだ。
廊下の角を曲がったところで、ようやく息が漏れた。
「……はぁ」
「どうしました?」
隣を歩くラルフさんが、首を傾げる。
「い、いえ……なんでもありません」
何が起きたのか、自分でもわからない。
ただ、胸の奥だけが妙にざわつく。
気のせいだと思いたくて、私は小さく首を振った。
その様子を、ラルフさんはじっと見つめていた。
まるで、何かを見極めるように。
──動揺していた私は、その視線に気づかなかった。
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