義賊『黒き森の白い兎団』
「如何でしたかニコライ様?」
屋敷に戻り、その広いリビングの大きなソファにもたれるようにして座り込んだニコライを出迎えたのは、真新しい騎士鎧とマントを身に付けた一人の若者。右側だけ前髪を顎の辺りまで伸ばし、背の中程まで伸びた銅色の長髪を首の後ろで一つに束ねている。
爛々と光る左目は自信に満ち、長身で決してゴツゴツとはしていないが、相当の鍛錬により鍛え上げられたであろう肉体からは、剣士独特のピンと張り詰めたような威圧と緊張感を漂わせていた。
「ああ、問題ない。反徒どもを一掃すれば、貴殿は富も権力も思いのまま……そう、新たなる聖園の守護騎士へと大いに近付くことになろう。だが、本当に大丈夫なんだろうなロニート?」
その若者はかつて『斬魔』の二つ名で呼ばれし元A級冒険者。そして、先に行われたデジマールの武闘会に於いて『無敗の獅子』ジャクソン・ランパードを破る偉業を成した今大会の優勝者である。
「……それは誰に言っているんです?」
「……ッ!」
たった今まで、ロニートは離れた場所にある書棚の前に立っていた……はずだった。
それが目を反らしたほんの一瞬で、ニコライの座るソファの背後に立ってそう答えたのだ。だが、さすがにニコライも長く国家の中枢、そして大貴族の長を務めた男である。心中の驚愕を微塵も感じさせることなく平静を装う。
「ふん……そうでなくてはな。その魔剣を苦労して手に入れた甲斐がない」
やや険のある返答に今度はロニートが黙り込み、両の腰に差した二本の剣に手を当て、そっと指を這わせた。見た目や大きさは通常の片手剣であるが、それらにはそれぞれ鍔にあたる部分に『炎』と『氷』をモチーフとした装飾が施されており、漂うただならぬ存在感がそれがただの儀礼用のお飾りなどではないことを物語っている。
「まあ、魔剣に相応しい働きはしてみせるさ」
「その言葉、信じるぞ……」
(こいつの勧誘に国宝級の魔剣の入手……いったいどれだけの手間と金がかかったと思ってるんだ。自信のある無しではない。やってもらわねば我が家に未来はないのだ!)
ロニートは黙って部屋を出て行った。
そしてニコライひとりが残された部屋の中に、彼の呟きだけが響く……。
「覚悟するがいい、忌々しい兎どもめ……」
◆
「ニューヨークへ行きたいかぁぁぁーっ!」
「……えっと、シズ……いや二号兎さん、にゅうようくって何でしょう?」
「もう! ノリが悪いわねアイ……いや三号兎。そこはみんなで『おぉぉー!』って盛り上がるところでしょうが!」
「偽名……面倒臭い」
「ツバじゃなかった、えっと……四号! ああもうっ!確かに面倒ね、偽名は止めよ、止め!」
小高い丘の上にコッコアポッポに騎乗した約五十名ほどの集団が集まり、眼下にある村の様子を伺っていた。その集団を見た者は間違いなく彼らの風変わりな格好に目を奪われることだろう。
全員が揃いの白いポンチョのような物を身につけ、顔を隠すように目深に被ったフードからは、まるでウサギの耳のようにして様々な長さの二本の布が風になびいている。まさに、見た目はコッコアポッポを駆る大きな白ウサギの集団さながらだ。
「あ、始まったみたいですよシズカさん!」
集団の先頭で一際目立つ真紅のコッコアポッポ『シナン』に乗る小柄なウサギポンチョ……シズカに話しかけたのはチョコレート色のコッコアポッポ『メイジ』に乗るアイリである。
「まだよ、もう少し待ちましょう……」
(多少の被害が出てからの方が助けた時の感謝が増えるから……なんてお兄様が知ったらお叱りを受けそうだわ。まあ、それはそれである意味ご褒美なのだけど……)
シンリからの折檻を想像して口端に僅かな涎を垂らしたシズカの視線の先で、村から幾つかの煙が上がり始める。それを見た彼女は口元を拭って表情を引き締めた。
「旗掲げぇぇ! 黒き森の白い兎団、突撃ぃぃぃっ!」
「「「オオオオオォォォォ!」」」
彼女の号令とともに掲げられた旗。そこに描かれたのは森を表す六本の黒い木と、剣を持ち左目に黒い眼帯を付けた真っ白なウサギの姿。数本の同様の旗をこれ見よがしに掲げて、約五十騎の軍団は丘を一気に駆け下りて、眼下の村へとなだれ込んで行った。
シズカたちが率いる兎団が突入してからおよそ一時間。
村の中心にある広場には、拘束された百名近い騎士や兵士が集められ、その傍らにはシズカら兎団の面々と村長と思しき年輩の男性を先頭にして村人たちが集まっていた。
「お助けいただき、ありがとうございます」
村長がそう言うと、村人たちも口々に礼を述べながら頭を下げる。
「ワタクシ達はか弱き民の守り手、黒き森の白い兎団! 皆さんをお助けするのは当然ですわ!」
そう言って慎ましい胸を張るシズカ。
とはいえ、この村に討伐軍が差し向けられる原因を作ったのも彼女自身なのだが、この村でも多くの亜人種が虐待されていたので、因果応報だろう。罪悪感はない。無論、その亜人種たちは全員保護してある。
ある日、虐待していた亜人種たちが忽然と姿を消し、全く身に覚えのない謀反の罪で領主や国から討伐軍を差し向けられる。そんな救いのない窮地に陥った住民たちの前に颯爽と現れ、彼らを救うヒーロー、それが黒き森の白い兎団。
シズカたちが作り出したこの自作自演のヒーローは、もとより不満に満ちていた民衆の心をしっかりと掴み、同時にその義賊の構成員に多くの亜人種がいるという噂が広まっていくことで亜人種への差別思想を少しずつ変化させていた。
団を構成しているのは、シズカたちと王都から来てくれた懐かしの『黒装六華親衛隊』の冒険者が二十数名。後は難民の中から魔法や武術を多少なりとも齧ったことのある志願者だ。
余談だが、ポンチョのフードを被って顔を隠す際、回復魔法が使える兎人種の女性が耳が曲がってキツイと訴えフードに耳を出す穴を開けた。そこで彼女ひとりが目立ってしまわないようにとの配慮で改造されたのが現在のウサギポンチョ。
そして黒き森とは、当然冥府の森の意味である。
「医療班、怪我人の治療は済んだかしら?」
「はい、だいたい終わりました」
「よろしい。では捕虜を連行しましょう……いつも通りに!」
「ええ、いつも通りに、ですね」
シズカの指示で、マリエを含む医療班が治療していた捕虜の者たちが立たされ、どこかへと連れて行かれる。
彼らは、いつも通りに収容所に連行する途中でちょっとした手違いで脱走されてしまうのだ。
黒き森の白い兎団は、戦闘においてほとんど死傷者を出さない。これはそれが敵であっても同様である。そして何故か脱走できてしまった騎士や兵士の口から黒き森の白い兎団の名前が広がっていくのだ。そのやや脚色された脅威とともに……。
そういった様々な努力や策略の甲斐あって、敵対した者には畏怖の象徴として、民衆にとっては頼もしい味方として認識されだした兎団。祈りを捧げても何も与えてくれない聖母より、ピンチに現れ、身を挺して彼らを助けてくれる正義の味方の方に民衆の心は傾きつつある。
「ワタクシたちの名前もかなり中枢まで届いているはず……。そろそろ、本腰を入れて叩き潰しに来るかもね」
シズカを先頭に、伝説の元SS級冒険者ダレウスと引き分けるアイリやそれに近い実力を持つツバキを擁する兎団は、百や二百の軍相手ならはっきり言って敵ではない。相手になるべく怪我をさせぬように気をつけながらも危なげなく無力化することが可能だ。
だが、シズカらが待ち望むのはそんな小規模な小競り合いなどではない。
国家の最高戦力たる聖園の守護者を引きずり出し、さらには推定十万とも言われる神聖国の総兵力まで出させた上でこれを国家が崩壊するほど叩き潰す。そんな、まさに国を賭けた戦いをこそ待ち望んでいるのだ。
(天下分け目の大戦には帰って来てくださいね、お兄様……)
「さあ、次の村へ向かうわよ!」
そして再び兎団は走り出す……助けを呼ぶ声がする方へと……。(注ナレーション シズカ)




