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聖園の会合

 聖都マリアナ。ここはアーネスト神聖国の首都である。

 結界術の施された白い城壁で街全体を囲み、建築される全ての建物に白を基調とするよう義務付けた都は、別名『白の都』と呼ばれ、世界にも類をみない美しい純白の都として知られている。


 その中心部、広大な庭園の中に聳え立つのが聖母の居城にして国教『聖光教』の聖地『グランマニエ大聖堂』だ。

 大聖堂とは言っても、聖地であり国の中枢でもあるここに近づくことが許されるのは、選ばれしごく僅かな者のみ。

 大聖堂内部にある、色とりどりのステンドグラスから光の射し込む大きなホールには、今まさにそんな選ばれし者達が集っていた。


「教皇!我が領内ではすでに五つの村が壊滅しております」

「我が領もです!」

「私兵だけでは対処出来ませぬ!何卒お力をお貸しくだされ」


 集団の前に立ち、他の者より明らかに豪奢で過度の装飾が施された衣装を纏うのは、現教皇の『フランチェスカ・アウグスト・グランマニエ十八世』

 前回の聖母選定に勝利した『アウグスト家』の当主でもある。


「卿らの心中は察する。しかしここは聖母様が在わす聖地。まずは落ち着かれよ」

「し、しかし……」


 詰め掛けた枢機卿の男性が言葉を続けることは出来なかった。それは、この謁見の間の大きな扉が突然衛兵により開け放たれたからだ。


聖園の守護騎士(パラディーゾ)様、御入場!」


 衛兵の声が響くと十二人の枢機卿たちは慌てて六名ずつ両側へと割れ、中心部にある絨毯の敷かれた通路を挟んで立ち並んだ。彼らの顔に浮かぶのは緊張と恐怖のそれである。


「『断罪』の聖園の守護騎士(パラディーゾ)、シュツットガルド様!」


 衛兵の声に迎えられ入場して来たのは、二メートル近い筋骨隆々な巨軀を守護騎士の証である特別製の白銀の鎧と純白のマントで包み込んだ偉丈夫。銀色の短髪と開いているのかわからないほど細い目。固くへの字に閉じられた口と表情、それら全てがまさに守護騎士と呼ぶに相応しき存在感を醸し出している。


「『慈愛』の聖園の守護騎士(パラディーゾ)、ベラドンナ様!」


 次いで入場したのは、打って変わって誰もが目を奪われそうな美女であった。男性の欲望を否応なく刺激する魅惑的な身体に同じく白銀の鎧と純白のマントを纏い、緩やかにカールした長い金髪をなびかせている。この白一色に塗りあげられた空間に於いて、彼女の燃えるような赤の(べに)をひいた唇は何よりも際立って見えた。


「『極光』の聖園の守護騎士(パラディーゾ)、フィリップ様!」


 次の入場者の名が告げられると、居並ぶ枢機卿たちの間にさらなる緊張が走る。彼らは皆一様に俯き、入場してくる騎士から視線を逸らそうと必死になっているように見受けられた。

 ピリピリと張り詰めた空気の中、入って来たのは一見すればただの青年であった。肩までで切り揃えられた美しい金色の髪、中性的な顔立ちもあって女性だと言われればそれを疑いもしないだろう。身長もさほど高くなく体つきも先のシュツットガルドを見てしまった後では、随分と線が細く感じてしまう。

 そして、やはり白銀の鎧に純白のマントを纏っているのだが……。


「フィ、フィリップよ、それはまさか……」


 教皇フランチェスカの前に並び立つ三人の騎士。入場時から誰もが気にしていた疑問を彼に問いかけたのは、まさに教皇その人であった。


「ああ、大したことじゃないんだよフラン叔父さん。庭師が隠れてサボっているのが目についたからちょっとね。ここは神聖なる聖母様の聖園なんだから、そんな不心得者は要らないでしょ?」

「…………そうか。まあよい」


 そう言って教皇は再びフィリップの純白のマントに視線を落とす。そこには、まるで絵の具を飛び散らしたかのような真っ赤なシミが幾つも付いていたのだ。その庭師の末路を想像したのか、居並ぶ枢機卿らもそのシミを見ながら表情を歪めている。

 フィリップが自ら発したように、彼と教皇であるフランテェスカは親戚関係にある。だが、この事実と彼が神聖国における軍事の頂点、『聖園の守護騎士(パラディーゾ)』であることには一切の関係がない。

 守護騎士になるには、居並ぶ十二人の枢機卿に教皇を入れた国の政を行う最高機関『十三使徒』が準備する十三の対象と戦い、これを全て倒してその実力を証明しなければならない。これには十三使徒内における擬似的な勢力争いの意味合いも含まれるため、その対戦者選びには各家も威信を賭けている。そのために用意される対戦者は騎士や冒険者は言うに及ばず、それがかなり強力な魔物であることも少なくない。

 つまり『聖園の守護騎士(パラディーゾ)』とは、神聖国において純粋な個としての戦闘力が最強の戦士に与えられる称号であり、彼らの一人一人が単騎で一軍並みの戦力を有した、まさに国家の守護者なのである。


 そんな彼らは聖母直轄であるため、実質的には十三使徒と同等の立場。権力とともに圧倒的な武力まで持ち合わせた彼らの行動を咎めることが出来る者など、聖母本人以外はいないのだ。


「さて……すでに存じておろうが此度の件、各地で少なからぬ被害が報告されておる」


 フィリップの発言にやや微妙な雰囲気となった会場内に教皇の声が響き、それを受けて全員が彼のいる場所に視線を向ける。


「そ、そうだ! 奴らは一体何が目的なのだ?」

「しかも、かなりの手練れが紛れておるようで鎮圧に向かわせた兵が幾度も撤退を余儀なくされておる。まさか、誰ぞ裏で手を回しておるのではあるまいな?」

「まさか! 貴殿は我ら使徒が関与しておると、そう申されるのか!」


 再び、枢機卿たちは口々に話し始め、ついには互いに疑念の目を向け合う始末。


「その件に関してだが……どうだろう、私に任せてもらえぬだろうか?」


 そんな喧騒の中、一人の男が一歩踏み出しやや大きな声で発言した。


「……これはこれは、エステヴァン卿。して、卿には何か策がおありかな?」


 それに応えたのは教皇である。ちなみに、発言したのは『ニコライ・エステヴァン』。デジマールでマリエ誘拐を画策した家の現当主であり、件のクロードの父であった。そんな彼の姿を見て、各所から嘲笑とも言える笑い声やひそひそと話す声が広がった。その内容は『落ちた名家』や『聖母候補を失った』『後継さえいない』といった内容が多い。

 というのも、エステヴァン家は先代教皇をはじめ、過去幾人もの教皇を輩出した名家であり、今回の聖母選定においても類稀な才能を持つマリエを候補者にしたことで次期教皇はエステヴァン家当主のニコライで間違いないとさえ言われていたのだ。

 それが現在では、港に停泊中だったエステヴァン家の船が『何者か』に襲撃され沈没。その際に聖母候補マリエと後継のクロードは生死不明(彼らにはマリエが無事との情報が届かないため)。またマリエに関する一連の事件によってエステヴァン家お抱えの騎士団は多くの優秀な団員を失っており、戦力的には半減したと言っても過言ではない。

 また、今回の選定に候補者を出せない事態を何とか防ぐために、各地の奴隷商に声をかけて光属性持ちがいないかと、なりふり構わず必死で探しているとの情報も、すでに場の全員に知れ渡っているのだ。

 次期教皇候補から一転、次の十三使徒にエステヴァン家の席はないとまで言われているのが現状である。


「皆さん静粛に。……エステヴァン卿、お話を聞かせていただけますかな」


 両手を広げてやや大げさな身振りをしながら場を鎮める教皇フランチェスカ。その姿にニコライは表情を変えないように気をつけながら奥歯を噛みしめる。港での襲撃事件は港に侵入した『海賊』の仕業だろうとの見解が示されているが、それはあくまで表向きのこと。実際はアウグスト家主導であの襲撃が行われたのだろうとの推測が最も有力な説なのだ。


「ゴホン。……この度、当家より新たな聖園の守護騎士(パラディーゾ)を推薦したいと考えておりましてな、彼の者の実力のお披露目を兼ねて、反徒共の討伐を是非当家にお任せいただけないかと。皆様、いかがでしょう?」


 そうきたか……場の全員がそう思った。実際、聖母選定に碌な候補者が用意できないとなれば、なんとか十三使徒に残るために何らかの手を打つ必要がある。もし本当にここでエステヴァン家が四人目の聖園の守護騎士(パラディーゾ)を擁立することができたなら、それは大きな逆転の一手となろう。

 本来ならばそんな手柄は立てさせず、このまま没落させてしまいたい相手。だが、自分達の腹を痛めずに厄介な反徒を殲滅してくれるなら、こんな有難い話はない。


 結局、今回の討伐はエステヴァン家に一任するとの結論を出して、その会合は終了した。



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