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お使い

「……そんな、シズカさんを本気で攻撃するなんて……」

「主様は圧倒的。敵となれば最早打つ手なし……」


 真っ青な顔でそう言うマリエとツバキ。


「旦那様が……」

「シンリの全力なんて……見るだけでトラウマになりそうじゃんよ」


 警備に配下のクワタさんやプリシラを配置し途中から話に加わったナーサ。彼女はすっかり言葉を失って青くなっている。

 彼女達の中でもシズカはシンリの妹、つまりは本当の意味での『肉親』であり彼から愛情以上の想いを向けられ、そして誰よりも信頼されているとの認識があった。

 そんな彼女に対して、変貌を遂げた彼は容赦なく攻撃を仕掛けたのだという。


 それがもし、自分達であったなら……。


 そんな思いが全員に感染し、誰もが背筋が凍りついてしまうような恐怖を感じていた。

 不死者であるシズカであったから、今はもう五体満足で普通に話していられるのだ。これが他の誰であってもよくて瀕死の重傷、普通に考えればその場で命を落としたに違いない……。


「お姉様、そろそろお聞かせ願えませんか? 理由を……知っていらっしゃるのでしょう?」


 シズカの問いかけに、全員の視線がパンドラへと向けられる。


「いいわ、ただし……。さっきのシズカの話を聞いて怖気づいた者はこの場を去りなさい! その程度の想いでシンリちゃんの傍にいようだなんてそんな半端な者は必要ない。聞くなら……覚悟をお決めなさい?」


 パンドラはシンリに関することではいつだって本気である。

 それはもう彼のためならば、簡単に自らの命を放り出してしまうほどに。そして彼と天秤にかけたなら、今度こそ世界をも滅ぼしてしまうほどに……。

 それをわかっているからこそ、皆は一度顔を背け下を向いた。


 パンドラは、ただじっと彼女らを見つめながら待つ……真に覚悟を決めた者がその顔を上げるのを……。


 ◆


 二日後、俺は数人と砂漠の中をコッコアポッポに乗って駆けていた。

 先頭は道案内のアマルティア。続く俺が乗るサウザには、俺の背にしっかりとしがみついたケットシーのチロルの姿があり、後続の数騎は護衛をしてくれるアマルティアの仲間たちである。


「にゃんて早い鳥さんだにゃ!」

「チロル、あんまり喋ると舌を噛むぞ!」

「心配しすぎにゃ! そうそう舌にゃぎっ!」

「……ほら、言わんこっちゃない」


 俺は、痛そうに口を押さえるチロルの姿を見ながら、昨日のことを思い出していた……。


 ◆


「獣人国?」


 意識を取り戻した俺は、ガブリエラやミスティの回復魔法のおかげで、すぐに起き上がれるようにはなっていた。

 しかし、あの時のことはぼんやりと頭の中に靄がかかったようになっていて、はっきりとは覚えていない。

 そのため、何故か冥府の森からこの大陸に来ていた姉さんから、その時の状況についての説明があるものだと思っていたのだが、その口から最初にでた言葉は俺の想像の遥か斜め上をいくものだったのだ。


「そうよ、シンリちゃんは準備が整い次第、獣人国へ向かいなさい!」

「いや、姉さん。そもそも獣人国なんて、そんなもの学園の授業でも聞いたことがない」


 デジマールでは、魔法科に所属していた俺だが、授業の中には当然一般常識に関するものもあり、その中である程度この世界の地理は学んだはずだった。だが、そんな国はおろか、単語さえ出てきた覚えはない。


「それはそうよ。歴史から完全に消された……。いいえ、違うわね、完全に消えることを選んだ国だもの」

「消えることを……選ぶ?」

「ええ、そうよね、アマルティア?」


 今、俺の部屋には俺と姉さんの他にもう一人。山羊人族の女戦士アマルティアが同席している。


「はい。我らの祖先は遠い昔に人族と共存しない(・・・)ことを選んだ者達です!」

「共存しない……?」

「ええ、そして我ら山羊人族は、その獣人国アースへの唯一の『門』を守りし一族でもあります」

「門?そんなものがあるのになぜ……」


 門とはその国に続く国境の関所のような物なのだろう。

 そういった物がありながら、これまで人間達に全く認識されず、文字どおり消えている国家なんてありえるはずが……。


「シンリちゃんが驚くのも無理はないわ。でもそれは少しづつ自分の目で見て知っていけばいい。とにかくシンリちゃんはそこへ向かって、国王にこの手紙を渡してちょうだい。それからのことは、たぶんシンリちゃん次第ね」


 そう言って、姉さんから差し出された一通の手紙。そこには姉さんの屋敷の調度品にも描かれていた見覚えのある紋様と同型の封が施してあった。


「今はもう、余計なことを考えるのは止めなさい。シンリちゃんは、このお使いをきちんとこなすことだけ考えていればいいから!」


 そう言って俺を真っ直ぐに見つめている姉さんの視線には、一切の意見も反論も受け付けない、そんな強い思いが込められていた……。


 ◆


「……お使い、ね」


 森での修行時代、姉さんからの『お使い』と言えばイコール難題、すなわち試練を意味する言葉であった。あの冥府の森での日々を思い出すと、それなりに苦しい日々ではあったが、やはり心が温かくなる。

 俺のこの世界での『原点』、そして故郷と言ってもいい冥府の森。そして……師匠。


「俺は、いつの間にか俯いていたのかも知れないな……」


『顔を上げてシンリ! いい、追い込まれた時こそ顔を上げて前を見なさい! 突破口は地面には落ちていません! さあ、わかったら剣を取って立ちなさいシンリ!』

 それは幻聴、いや心に深く刻まれた師匠の言葉……。


「そうだな、前を見なきゃな!」

「突然どうしたのにゃ! よそ見していたら危にゃいにゃー!」

「ははは、違うよ。よーし、飛ばすぞチロル!」

「うにゃ! 勘弁してにゃぁぁー!」


 ◆


「ふう、ゼフさん今日の納品はこれで最後かしら?」

「ええ、支店長。本日の到着分はこれで最後になります」

「今は、ギルドの仕事で動いているわけではないから、エレナでいいのよゼフさん」

「ははは、いえいえもう呼び慣れているもので……」


 ここはシンリ達のいる場所から遠く離れたホーリーヒル王国にあるセイナン市という街。

 冒険者ギルドの支店長を務めるエレナは、街にあった使われていない倉庫を個人名義で借り、周辺の村々から無理のない程度に買い集めた食料や生活雑貨などを集め、定期的に転移で訪れるシンリへとそれを渡すことで彼の活動を手助けしていた。

 無論、シンリが金銭的な負担を彼女に強いることなどなく、それらは彼から全額支払われている。また、その伝で商人のゼフが手伝ってくれていることもあって、作業自体は順調そのものであるといえた。


「……ところで、シンリさんは、やはり?」

「ええ、相変わらず。いいえ、むしろ悪化していっていると感じたわ」

「彼は、お優しい方ですからね。色々と見て、辛い思いをされているのでしょう」

「……そうね。きっと、自分の中に溜め込みすぎているんでしょう。彼のそばで、支えてあげたいのだけれど……」


 いつも一緒にいるわけではない。だが、エレナはシンリに対してはっきりとした好意を持っており彼をいつも真剣に見ているために、ちょっとした変化にもよく気がつくのだ。最近のシンリは明らかに無理をしているのではないかと……。

 そんな風に二人が遠い国のシンリを思い俯いていると、ガラガラとやや乱暴に倉庫の引き戸が開けられる音がした。


「エレナ! 大変よエレナ!」


 倉庫に入ってきたのは彼女の秘書を務めるミリア。

 エレナが近くにある木箱をコンコンと叩いて居場所を知らせると、彼女は息を切らせながら駆けてきた。


「ミリア、二人とも抜けてしまってはギルドの方が回らんだろう?」

「ハアハア、そう思うならもう少しギルドの仕事もやってほしいわねエレナ」


 すっかり、ゼフとの営業用の話し方からいつもの口調に戻ったエレナと、そんなやり取りをした後、息を整えたミリアが慌ててきた理由を話そうとしたのだが……


『ほほほほ。なんじゃ、ギルドを辞めて商人にでもなったのかえ?』


「あ、貴女は……!」



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