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ファーストコンタクト

 思わぬ事態で時間をロスした俺達は、夜間も出来るだけ距離を稼ぎ、見つけた小さな洞窟で朝まで仮眠をとることにした。

 あと半日も飛べば神聖港ザーレだ。早めに到着して情報を集め、奪還作戦を考えたい。必要ならそこで転移して他の仲間も呼び寄せるか……。


「結局……眠れなかったな」


 色々と考えているうちに朝になってしまったのだろう。洞窟の入り口から眩い光が差し込み始めていた。


「……本来の目的のみを考えて……か」


 ここにきてあの門番の彼の言葉が強く俺の胸を締め付けている。


 ゲルンストの言動やメリッサの者たちの反応から、酷いとは予想していたがこれは想像以上だ。

 今こうしている間にも、どこかで多くの亜人種の命が砂塵のごとく散っていることだろう。

 アマルティアが言っていたが、昨日ペポを襲った一団は近隣の街のただの住人とのことだった。

 この国では貴族階級が絶対で、それ以外の平民は搾取されるだけの奴隷のような存在らしい。ちなみにその平民の多くは、世界各地から住みよい国だとの嘘に釣られて集まった者であったり、ひどい場合は誘拐またはその村を焼き払うなどして無理矢理連行して来られた者もいるのだとか。そして一旦この国に連れて来られれば平民である彼らは決して国を出られない。

 当然、そこには不平や不満が溜まっていくだろう。それらを発散するはけ口として人間至上主義を謳い、亜人種を蔑み迫害することを推奨しているのだ。


 この国の亜人種は混血種がほとんどである。中には各地で買われてきた元奴隷や、平民同様さらわれてきた純粋種の者もいるのだが、今現在平民人口の三倍近くにまで増えている亜人種の大半が人間との混血。つまりは迫害の過程で人間から…………まあ、そういうことだ。もっと言えば、虐げられる亜人種間でも溜まったストレスからそういうことが発生し、さらに複雑な混血を生み出す原因となってしまっている。

 例えば、ペポの母も混血だが彼女にはツノなど無い。ペポのあのツノはどこかで混じった山羊人種の血による遺伝。だからあんなに半端で歪なツノしか生えなかったのだ。

 それでも、ツノを持つもの同士。アマルティアはどこか彼女を放っておけず時々様子を見に行っているのだとか。


 ちなみにアマルティアは純粋種。東の国境沿いにある高く険しい山脈の中に今もある、純粋な山羊人族の村の出身らしい。用事で山から下りてきた時にこの国の実情を見て激怒した彼女は、それ以来時折村を抜け出して来ては亜人種解放のために戦っているのだそうだ。


「いかんな……」


 事情を考えれば考えるほど、どうにかしたいという気持ちが強くなる。

 アマルティアにも、はっきりとやり方が間違っていると伝えるべきだったのではないか……。


「いや、まずはマリエの奪還!全てはそれからだ」


 俺はそう言って自らの頬を両手のひらで叩き気合いを入れ直した。この状況で今すぐに俺が出来ることなんてたかが知れている。

 まずは第一の目的、マリエの奪還を済ませてから。何かを考えるのはそれからだ。






 昼前には、神聖港ザーレに到着しその港街への潜入を果たした。

 国家の威厳を示すが如く立派で大きな建物が立ち並ぶ様は、この国が富の象徴や理想郷であるとの噂を来訪者に信じ込ませるに十分値するものである。

 そして街の各所に作られた立派な聖母像。これは国教『聖光教』のシンボルだ。

 この国には貴族はいても王はいない。全ては聖光教の祖たる『聖母』様の導きによるものだという考え方のもと、実情はその聖母の後ろ盾となった貴族によって好き勝手に国家が動かされているのである。

 そして、現在の聖母が高齢なため次代の聖母を決める選定がもうすぐ行われる。その候補に擁立しようと彼らはマリエをさらったのだ。


「こんなもののためにマリエを……」


 俺は無性に腹が立ち、目の前の聖母像を見つめていた。今、ガブリエラとアオイは姿を消したまま街の地理や状況確認に向かわせている。周囲に人影や気配はない……はずだった。


『ふむ、やはり西洋かぶれは今ひとつだな。仏像の方が落ち着くと思わんかね』

「…………ッ!」


 驚いて隣を見ると、白髪交じりで口ひげを蓄えた立派な紳士が俺の隣に立っていた。

 丸眼鏡をかけてパイプを咥え、手にはステッキを杖にして持ち、千鳥格子のハンチング帽にベージュの仕立てのいいトレンチコート。

 俺のいた時代の日本からすればやや古い印象も受けるが、明らかにその服装……いや存在そのものがこの世界のものとは思えない。

 これはまずい。何か、いや本能的に俺の中で激しく警鐘が鳴り続けている!

 俺は相手の正体を見抜くべく、魔眼を発動させようとした……だが。


『今は時期ではない。いずれまた……』


 そう言って老紳士の姿は消え、気配の察知にも全くかからなくなってしまった。


「ミスティ、どうだ?」

{無理ね。転移で飛んだみたいだけど、あの者には気配自体が無いんだもの。探せやしないわ}


 ミスティの感知でも結果は同じ。そう、あの老紳士は現れた時からずっとそこにいるのに、その場に気配が全くなかったのだ。


「何者なんだ……」


 俺は、ただ空を見上げるしか出来なかった。

 幼き日に冥府の森で魔物に追われたような、そんな緊張感と鼓動の高鳴り。身体中に汗をかいているのがわかる。

 とりあえず彼から、敵意らしいものは感じなかった。だが、彼の敵意が明確に俺に向けられていたのなら俺は……。

 『本気』の俺と対等以上かも知れない存在。

 しかも彼の言動や服装、存在感、その全てがある考えを俺の中に浮かび上がらせ、それに対して確信めいたものを抱いている自分がいる。


…………彼は、『日本人』なのではないかと。






「ふう、なかなかいい感じに育っているじゃないか」


 神聖港ザーレから少し離れた丘の上に、突然先ほどの老紳士がそう呟きながら姿を現した。

 その口調はまるで家庭菜園の作物を見ているかのような、ささやかな期待感に満ちたものだ。


『それは祝着至極。ですがアギト様、このような軽はずみな接触はご自重ください。我らがタエ様にお叱りを受けます故』


 その声は、何もないはずの彼の背後から突然聞こえた。続いてゆっくりとその姿を現したのは、アオイと作りのよく似た装備を身につけた魔動人形と思しき女性……しかも、それが三体。

 それらの顔は似ているものの、身につけた装備はそれぞれデザインが異なっており、基調とする色も『黒』『桜色』『深緑』となっている。


「この私が倒されると言いたいのか震電?」

『滅相もございません。ですが、我らはアギト様の剣であり盾でありますれば』


 アギトと呼ばれた男の纏う空気が変わり、眼鏡の奥の瞳が冷酷な眼差しを震電と呼ばれた黒い魔動人形に向けた……。


「ふっ、要するに自分が戦いたかったという訳か。この戦闘狂めが……まあいい。フェスタ(まつり)土産も買って来たことだし……帰るとするか震電、桜花、紫電改」

『はいアギト様』

『りょーかーい』

『肯定。ブッブブ……ガチャ……肯定。ザ、ザザ……』


 最後に返答した紫電改。彼女はまるで壊れたレコードのように雑音と『肯定』を繰り返している。


「またか紫電改。お前はまたタエに改良してもらわねばな……」


 呆れ顔で老紳士がそう言うと、四人の姿は一瞬でその場から消え去ってしまった……。

感想コメントにやや物騒なご指摘をいただきました。

そこで、老紳士の名前をアキヒトからアギトに変更いたしました。

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