解放の女戦士アテナ
俺達へと向かってくるのは大きなダチョウのような鳥型の魔物に乗った全身鎧の騎士だ。
何より特徴的なのはフルヘルムの左右に伸びた立派な巻きツノである。
砂丘の上で一旦立ち止まり、こちらを伺う姿も実に絵になっていて。何というか……どことなく神々しくさえあった。
「アテナ!戦士アテナさまーっ!」
その姿に気がついたのか、腕の中の少女が嬉しそうにその騎士の名を呼んだ。
少女の声に反応し、騎士は騎乗する巨鳥に鞭を入れ猛然とこちらに向かって来る。
その勢いは凄まじく、先ほどの連中の馬の倍以上に速い。
ってか、おいおい。これ完全に攻撃対象にされてないか?
さっきの反応から、あの騎士はこの少女にゆかりのある人物と思われる。反撃して殺してしまっては後味が悪い……なんとか穏便に済ませたいが……。
「アオイ、傷付けずに足止め出来ないか?」
『肯定。簡単であると当機は告げます。愛しの旦那様』
「よし、では頼む!」
『了解。最小範囲での重力壁を展開します』
彼女がそう言うのと同時。俺への距離が約三メートルほどに迫っていた巨鳥が突然ドサリと膝を着き、その場にピタリと止まってしまった。
後から聞いたが、この『重力壁』は一メートル接近する毎にその身にかかる重力が倍増するらしい。今の距離は彼女の発動最小範囲の三メートル。騎士達は今、倍の重力をその身に受けているということだ。
「突然すまないが動きを止めさせてもらった。俺達はただ、この子を助け……」
「ぬううぅぅーりゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
「……はっ?」
巨鳥は未だに地に伏せたまま。ということは重力の枷は未だその効果を発揮しているはずだ。
なのにその騎士……戦士アテナは、裂帛の気合いとともにその場にすっくと立ち上がって見せた。
「それはまさか……いや間違いない」
うっすらと黄金に輝くアテナの全身。それを俺が見間違えるはずもない。
「お前は……まさか『金剛』を!」
アテナが纏う金色のオーラ。これはあのダレウスが使うスキル『金剛』そのものだ。
「妙な術を使いおって、だが動きを止められるのが自分だけだと思うなよ!」
「その声……女か?」
いきなりヘルムの中から聞こえてきたのは、若い女の声。それに驚いた俺の一瞬の油断をついて、彼女は右足を高々と上げ、かかと落としの要領で一気に振り下ろした。
未だ互いの距離は変わらず。したがって蹴りの直撃などはありえない。だが、その足から放たれた金色の衝撃波は正確に俺に命中する。無論、そんなもので俺にダメージはない……だが。
「…………ッ!」
「動けまい!貴様は石になったのだ、この私の『金剛石化衝撃波』でなぁ!」
なるほど、確かに動けん……。これは衝撃波に乗せた金剛気で相手を包み込んで固め、その身の自由を奪っているのか。絶対防御だけで使っているあのおっさんとは発想が真逆だな。
「タネはわかった。でも、そろそろいいか……なっ!」
俺が全身に力を込めると、包み込んでいた金剛気はあっさりと砕け散った。強力な技だが、本人から追加の気が供給されないのであれば、同等以上の気を使う者相手ではほんの数秒の足止め程度にしかならないだろう。
「仕方ない。少しおとなしくしてもらうよ」
そう言って俺は少々強めの気を彼女に向けて発した。『金剛』を使う相手だ、当然あのおっさんを気絶させるつもりで放ったのだが……。
「くっ、『金剛石の楯』」
まったく……驚かされてばかりだよ。
彼女は、武闘会でダレウスが見せた『金剛仁王拳・吽の型』の要領で放出した金剛気を、自らの前面のみに分厚く収束。それで自らを守るタワーシールドを形作って、俺の気に耐えてみせたのだ。
金剛気の使い方の熟練度といい、その発想力といい、はっきり言ってあのおっさんよりも強そうだな。
「ふっ……もういい。アオイ、拘束を解除してくれ。ガブリエラ、彼女とその鳥に『回復』を頼む」
「なっ!貴様、何のつもりだ!人間の施しなど受けんぞ!」
アオイの重力場が消え、ガブリエラの魔法で巨鳥は元気を取り戻した。しかし、彼女アテナはすっかり警戒している様子だ……仕方ない。
「ガブリエラ、アオイ、姿を見せろ」
「我が主君の命のままに」
『了解。不可視外装を標準外装へ換装します。私の旦那様』
瞬間、俺の背後には白銀の鎧を纏った純白の翼を持つ天使と、やや変わったコスプレのような衣装の宙に浮かんだ女性とが姿を見せる。
「見ての通り、俺達も人間とは言い難い。それに俺だって、どうやら普通ではないらしくてね」
そう言って俺は、フードを脱いで真っ黒な髪の毛を彼女に見せた。
「あ、あああ、あああああああああっ!そ、その黒い髪……二人の天使……間違いない!」
なんだろう、俺の髪を見てから彼女の反応が尋常ではない……これはあれだな。厄介な方向に向かうフラグ?
「貴方様は予言の……『黒の救世主』!」
いやいや、想像よりもっと厄介そうなの来たよ。なんだ救世主って……。
「よくわからんが、俺はよそ者。この国には誘拐された仲間を助けに来たにすぎん。用が済めばすぐに立ち去るつもりだ」
戦いが終わったのを察して、少し離れていろと言ったツノ持ちの少女がテテテと走って来て嬉しそうに俺の足にしがみついた。
「ご冗談を……それにすでに、そのペポをお救いくださったのではありませんか?」
「……ペポ?」
「うん、私ペポー!」
そんなペポの様子をヘルム越しにジッと見つめている全身鎧姿のアテナ。
「ふふ、こんなに元気で生き生きとしたペポは生まれて初めて見ます。やはり……おっと、これは失礼しました」
そう言って彼女は、ゆっくりとそのヘルムを脱いだ。
「そのツノは……」
てっきり俺はヘルムに付けられた飾りだと思っていたのだが、実際は彼女の頭の両側に左右対称で直に生えている二本の立派なツノ。太く、ちょうど一回転半した辺りから外側に向かってくるりと突き出したそれは、向こうの世界の動物園や図鑑で見覚えのある……。
「ご挨拶が遅れました。私は山羊人族の戦士アマルティア。虐げられし亜人種の解放を目指し、日々同胞達の楯となりし者です!」
……そう、山羊のツノそのものである。しかし……日焼けした肌に深緑の瞳。薄紫の髪を短めに切ったショートボブ。そこから伸びる艶やかな漆黒のツノは、まるでアニメに出てくる悪魔っ娘みたいだ。……山羊っ娘なんだけど。
ちなみに、アテナというのはもちろん偽名で、フルヘルムで顔を隠し、髪を短くして性別がわからないようにしているのも全ては村や一族に迷惑をかけないがため。
そうして正体を隠し、仲間とともに貧困街の者達を助けて回っているらしい。
「我々が助けた多くの者達が、隣国メリッサを目指して旅立って行きました。あの国では亜人種も人間も共に仲良く暮らせるのだとか……ああ、皆は元気でいるのだろうか……」
やはり金剛使い……こいつも本質はただの脳筋なんだろうな。
自分達の勝手な思い込みで、あんなに多くの人々が飢えに苦しんでいるのなんて、想像さえしてはいまい。
「アマルティア、お前は黒壁に行ったことはないのか?」
「黒壁は我らの楽園への扉。私の使命はそんな場所から遠く離れた同胞を理不尽な暴力から救うことにあります。私自身が黒壁に向かうなど……」
力があるからこその勘違い。いや、もはや幻想とでも言うべきか……。
「アマルティア、キミに言っておく。過ぎた力は災いを呼ぶ。それに暴力によってなされた安寧など、いつかは必ず暴力によって壊されるものだ。誰しもがキミのようにはなれないんだから」
「…………救世主様のお言葉として、心に刻んでおきます」
「それとペポが母親と会うまできちんと見届けてやってほしい。これは頼みだ」
「無論です。お任せください」
そんなことを話しながら、俺達は歩いてペポの住む村を目指していた。彼女はそこで母親と二人きりで懸命に生きているらしい。
「んとねペポね、あんなに甘いものはじめてだよ」
「そうか、よかったな」
「あのねあのね……手、つないでいい?」
「ああ、いいよ」
「えへへへ。お兄ちゃんのおてておっきいなあ。へへへ」
村に着くと彼女は名残惜しそうに、ぶんぶんと何度もつないだままの手を振り続ける。
「また……会える?」
「そうだな……ペポがいい子にしてたら、また餡パン持って遊びに来てやろう」
「本当!絶対、絶対ペポいい子にするから……絶対また来てね!」
「ああ、またな」
辺りはすっかり暗くなっている。村の入り口に灯された篝火の隣で、ペポは俺の姿が完全に闇に消えて見えなくなるまで何度も、何度も手を振り続けていた……。




