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新たな武器

「きえぇーっ!せりゃりゃりゃりゃぁぁーぁっ!」


 マスクド・Dの対戦相手が上げる奇声が会場に響き渡る。彼の武器は湾曲した刃を持つ独特な形状の剣だ。例えるならシミターもしくは三日月刀と呼ばれるものに類似した片刃の片手剣。

 左右に持った二本のその剣を奇声と共に目にも留まらぬ速さで繰り出しながら、彼の猛攻が一方的に続く。

 だが攻め続け、観客から見れば優位に立っているはずの彼の表情には焦りの色が徐々に濃くなり、流れる汗がその余裕の無さを表している。

 それも仕方あるまい。彼の必殺の連撃は悉く目の前のふざけた格好の男によって、しかも素手で軽々と捌かれてしまっているのだ。


「くっ……ふっざけるりゃりゃりゃりゃぁぁぁーっ!」


 目の前で起こるあり得ない光景に怒りを覚えた彼は、怒声と共にさらに連撃の速度を上げる……しかし。


「ああっ鬱陶しい」


 マスクの下から聞こえたのは、そんな呟き。

 次の瞬間、これまで幾多の強敵や魔物を屠ってきた彼の愛刀が甲高い金属音を残して砕け散る。

 次いで腹部を襲う激しい衝撃。

 くの字に折れて前屈みに倒れた彼の意識は、もうすでに絶たれてしまっていた……。


「……拳に最低限の金剛を発動して捌き、スキル無しの腹部への一撃で意識を奪ったか。流石だな」

「なんじゃ、シンリはあの者を知っておるのか?」

「ああ。あれはな、たぶんこの大陸最強のおっさんだよ」

「ぷっ、あははは!なんじゃそれはっ!じゃがおぬしの知人ならここまで勝ち上がったのも納得じゃの」

「知人……ねえ」


 目が肥えているのか、彼女の洞察力が優れているのか。ロロは初戦からあのシーツ男が只者でない事を見抜き、注目していたらしい。自称『世界最高の頭脳』という触れ込みもあながち嘘ではないのかもな。


 あのマスクド・Dが普通(・・)に勝った……この衝撃の出来事に静まりかえっていた観客達であったのだが、入場して来た次戦の選手を見つけると再び活気付き賑わいを取り戻す。

 そうして試合は進み、ジャクソンともう一人の選手が勝ち上がった。

 次はいよいよ、アイリの試合である。


 湧き起こる歓声は、彼女の異様な出で立ちによりすぐに騒めきに変わった。

 衣装はこれまでと同じもの。観客達にもすっかりお馴染みになりつつある黒い道着風スタイル。

 問題はその両腕に装着された見慣れぬ武器だ。


 一言で言うならば肘までを覆う巨大な手袋。革製でゴツゴツとした外表面は、まるで鱗か甲羅のようにも見える。

 そして何より特徴的なのが、それぞれが二十センチはあろうかという金属製の五本の爪。太く、湾曲したそれらは中に入れたアイリ自身の指の動きに合わせて可動するようになっていた。

 この新装備の名は雷狼爪牙(ナルカミ)。シズカ監修のもとニャッシュビルの技術者の手よって作り上げられたものだ。


 アイリの対戦相手はやや長めの片手剣に小型の盾を装備したオーソドックスなスタイルの戦士。年齢的には三十代半ばくらいか。彼的には今が絶頂期なのだろう、誰が相手でも自分が負けるはずがないといった、自信に満ち溢れた顔つきをしている。


「はじめっ!」


 審判役のカサノヴァ先生の声が響くと、少々フライング気味に相手がアイリに肉迫する。

 ロロ曰く、デジマールのとある商会がクローバー群島で見つけ出してきた実質無名の選手らしいが、このスピードだけでも確かに十分人目を惹くな。

 先手を取られたアイリが牽制に右手を突き出す。それを盾でいなし、右中段からの一撃……。


 ガギンッ!


 しかしそれは、鈍い音を立てて弾かれた。

 異形な小手に使われているゴツゴツとした革。これはニャッシュビルの研究者が新種魔物開発中に作った失敗作を素材としている。

 以前、防御特化型の魔物を開発しようとしたある研究者があまりにこだわり過ぎた結果、いかな剣でも傷付けられない硬すぎる皮膚を持つ魔物が出来てしまったのだ。

 ニャッシュビルが運営する迷宮は言わばアトラクションであり、お客さんである冒険者達が本当に手も足も出ない魔物は使えない。そうしてボツになって殺処分され標本用に保管されていた表皮を、彼らは俺の仲間が使うのならと快く提供してくれていた。


「くっ!」


 アイリの両腕に自らの剣が効かないことを理解した彼は、正面からの攻防は手数的に不利と判断し、速さを活かして撹乱するべく右側に大きく距離を取ろうと移動する……だが。


「逃げる獲物を追うは『獣』の本能じゃな」

「そうだね。アイリ相手にこんなに狭い場所では、逃げられやしないけど……」


 そんな俺とロロの呟きなど聞こえてはいないだろうが、全速で回避する彼の背後にはピタリと追走する黒い影……。


「俺の速さについて来るとは恐れ入ったぜ!だが……」


 アイリの気配に気付いた彼は、盾の裏側を何やら操作する。

 途端にそこから噴き出したのは白っぽい煙幕だ。それはみるみる二人を包み込み観客達の視界からも隠してしまった。結界があるので、二人がいる闘技場から観客席に煙が流れてくることはないが、おかげで結界内は充満した煙で何も見えない。


「ふむ、ここまで想定しておったとは流石じゃの。あのケチな商人が金を出してまで呼んだだけのことはある」

「そうだね。でも……」

「じゃの。煙幕に刺激臭を発する成分でも混ぜておけば及第点じゃろうが……」

「それは自分にまで害が及ぶからしなかったんだろうけど、確かにこれならアイリには見えているのと同じだ」


 彼女の嗅覚は人間のそれとは別物だ。ここで煙幕にその嗅覚が弱点となるような成分でも混ぜておけば彼にも勝機が生まれたのかも知れないが、無論そんな敵を想定する者などいるはずもない。


 煙幕の中から聞こえる武器同士の衝突音。アイリが一方的に攻めているのかと思ったが、音で判断するにどうやらそうでもなさそうだ。彼自身も魔力や気などを感じ取り相手の位置が掴めるのだろう。


「ちい、厄介なっ……」


 煙幕という絶対的なアドバンテージを得たはずであった。しかし相手も同様……いや自分以上にこの視界の閉ざされた状況下で的確にこちらの位置を掴み、反撃してくる。

 焦りを見せる彼はチラリと、盾で防いだ彼女の武器の金属製の大きな爪を見た。


(剣で受けるのは危険だと俺の直感が言っている。あれは恐らく剣を破壊する類のもの……。待てよ、ならば剣を握りしめる一瞬、そこに隙が生まれるか……)


 狙われているなら敢えてそれを囮に隙を誘う。実は、盾の裏には数本の投げナイフが仕込まれている。

 彼は掴んだ彼女自身の腕が死角を作ることまで考えて、上段から剣を振り下ろした。

 左手の爪が彼女の顔の前でその刀身を掴む。ここまで彼の狙い通り……。


 バチィィィッ!


 煙幕の中からでもはっきりと観客達に見えた青白い閃光と聞き慣れぬ音……。

 次いで煙幕の中から姿を見せたのは無傷で未だ息を乱すことさえ一切ないアイリである。


 審判であるカサノヴァの指示で係が集まり残っていた煙幕を消し飛ばすと、そこには完全に意識を失った対戦相手の姿があった。目立つ外傷は剣を握っていた右掌にある火傷のみ。


「これはいったい……」


 勝者の名を告げ、運ばれていく敗者を見送ったカサノヴァは拾い上げた彼の剣の握りの部分が焦げているのを見つめている。そのあまりに異様な状態。刀身の一部は溶けたように欠け、巻かれていた布はほとんどが焼け落ち、芯材の木は一部が炭化していたのだ……。


「やっぱりおぬしの仲間はすごいのう!いや見事じゃ!」


 膝の上でアイリの勝利にはしゃぐロロを見ながら、俺はあまりに異様なあの雷狼爪牙(ナルカミ)の外見を思い出していた。


(確かに、手袋とかどうだとは言ったけどさ……)


 あれは帝都での戦いの後の話。電撃での攻撃を散々試して帰ってきたアイリの手には幾つかの小さな火傷の跡があった。これは感電させた対象との間に発生した火花が飛び散っただけのものだったのだが、戦いの度に一々彼女の肌が傷つくのはどうかと考え『手袋でも作って保護しては』と提案したことに端を発している。

 まさかあんなに禍々しいものに仕上げるなんて……シズカに任せたのは間違いだったかな。






「凄まじいな……あの二人」

「全てに於いて格が違う。あれに比べればジャクソンすらただの小物よ!」

「では、決まりだな」

「ああ、当初の計画を変更しターゲットはあのマスクと犬女(ケモノ)に決定する」


 観客席の最上段。そこに長いコート姿の者が二人、眼下の闘技場を見つめている。フードを深めに被っているのでその顔は見えない。だが隙間から覗く仕立てのいい服装から、貴族かそれなりの家柄。もしくはかなり裕福な者であることがよくわかる。


「では、『協力者』にそのように連絡を入れてくる」


 そう言って一人がその場を離れた。


「わが崇高なる目的のためだ、喜んで生贄となるがいい……」


 残された一人は会場中の観客達を見回すと、そう独り言のように呟いて口元に笑みを浮かべたまま会場を後にした。


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