動き出す罠
武闘会は昼食の休憩を挟み、午後からいよいよ準決勝。その抽選を待つ会場は熱気に満ち、大いに盛り上がっていた。
そして勝ち残った選手達が入場口に姿を見せると、またもや地鳴りのような歓声が湧き起こる。
前回、前々回の優勝者であり、帝国最強の将軍ニコラス・ランパードを父に持つ豪傑。
通称『無敗の獅子』ことジャクソン・ランパード。
今回、一般参加ながらここまで奇跡のような勝ち方で勝ち上がった謎の戦士。
本名『金剛さん(嘘)』ことダレ……マスクド・D。
デジマール商国連合随一の商会『カステール商会』推薦のA級冒険者で、実は来月にはS級昇格試験を控える逸材。
二つ名『斬魔』ことロニート。
女性として実に四年ぶりにここまで勝ち上がった学園戦士科の生徒。
女性客が選ぶ『ビンタされたあと優しくその頬を撫でて欲しいお姉様No1』アイリ。
……って、なんだこれ。
以上の四名での抽選の結果……。
「一触触発だな、まるで火花が飛んでいるようだぜ」
「ああ、あの嬢ちゃんなんか……あれ?目がおかしいのかな。パチパチと何かが弾けて見えるが……」
「いや、俺にも見えるぞ!嬢ちゃんの身体から青白い何かがパチパチ弾けてやがる」
準決勝初戦はアイリ対マスクド・Dに決まった。待ちに待った戦いに、真っ直ぐ対戦相手を見つめている彼女の身体からは僅かな放電が起こっていて、それに気付いた観客達が騒めいている。
一旦全員が控え室に戻り、五分ほどの間を置いて初戦の二人が入って来た。ある意味今大会で最も注目される両者の対戦。
だが、二人の姿を見た観客達はそのあまりの気迫に押され、言葉も出せずただ見つめることしか出来ずにいる……。
「ゴクリ……。どちらもたいした気合の入れようじゃの。誰も言葉を掛けれずにおるわ」
「……そうだな」
すでに臨戦態勢になっているアイリはもちろんのこと、これまで実力を隠してきたマスクド・Dまでがその溢れ出る闘気を隠そうともしない。結界で緩和されるとはいってもこのレベルの両者が本気で向き合えば、その気だけで観客に失神者が出てもおかしくない状況だ。
(ミスティ、頼めるかな)
{もう、しょうがないわねえ……}
俺はミスティに頼み、観客達への影響を少し緩和してもらった。これでさすがに気絶する者はいなくなるな。
しかし、アイリが本気モードだからとて彼までがここまで気を解放して出てくるとは予想外だった。まあ、ツバキ戦のような不意打ちはすでに通じないと観念し、最初から真っ向勝負をするという意思表示なのだろう。
全身にまるで青白い雷光をまとったようなアイリと、その腕や足からすでに金色の光を放っているマスクド・D。
「ハジメ!」
審判役のウー老師が、開始の合図を告げるとともに大きく後方へ退避した。
すでに両者の姿は観客の視界から消えており、次の瞬間……。
ヴァリヴァリヴァリィィィーッ!
闘技場のちょうど中心部。先ほどウー老師が立っていた場所の目の前に激しい轟音と青白い閃光が輝き、そして四方に流れた。
土煙が収まると、そこには雷狼爪牙を装着した右手を突き出したアイリと、顔の前で両腕を交差させてそれを受け止めているマスクド・Dの姿。
「さすがだな。あの電撃を受け流すか……」
膝の上のロロはすでに他の観客同様、言葉を発せずに試合に見入っている。
電気を帯びた、まさに落雷そのもののようなアイリの一撃。それを彼は『金剛』の表面を滑らすように電流を地面へと受け流したのだろう。それが証拠に彼の纏ったシーツはすでにあちこち焼け落ちていて、その下から短パンと鍛え抜かれた肉体が見えていた。
「ふいー、アチチチ。スキル発動してんのに腕の毛が焦げてやがる。こりゃあの妙な武器によるもんなのか?……」
弾かれたようにその場から一旦距離を取るアイリ。すかさずマスクド・Dが間合いを詰め、右手のフェイントで釣りながらの右のローキック。だが、それが彼女に当たる瞬間、急に足を曲げて接触を回避し、今度は彼が一旦距離を取るべく離れていった。
「おいおいおい。全身に雷でも纏ってやがるのか?あのまま当ててたらこっちの足が潰されてたぜ」
彼は蹴りが直撃する瞬間、それを受ける彼女の足にも電流が流れていることに気付き、咄嗟に攻撃を中止したようだ。
俺に全力を出すことを許可された今のアイリは、全身全てに電気を纏っていて、まさに生きている『雷』のような存在。ほぼ完璧な攻防一体を実現させたこの状態を、突破するのは至難の技だ。
「チッ、しゃあねえなぁ。ふんっ……ぬおおぉぉぉーっ!」
すでにマスクの部分を残すのみとなったマスクド・Dことダレウスは、大きな掛け声とともにさらに気を高めていく。すると身に纏っていた『金剛』の金色の光がどんどん膨れ上がり、それは彼自身の倍以上はあろうかという闘神の如き形状となった。
「久々の『金剛仁王拳』!……だが長くは保たねえ、早めに決めさせてもらうぜ!喰らえ、阿の型!」
そう言って彼はアイリ目掛けて掌底を突き出した。二人の間合いは約三メートルあまり……だが。
ドゴオォォォーン!
危険を感じて回避した彼女の、さらに五メートルほど後方で壁面の一部が衝撃とともに崩れ落ちた。見ればそこにはまるで大きな掌のような跡がはっきりと残っている。
「チィ!何発も撃てねえんだ。避けてんじゃねえよ!ウラァ!」
そう言って掌底を突き出すと再び衝撃波が彼女に襲いかかる。それをまた紙一重で避けたアイリは、瞬時に間合いを詰めスタンガンのようなその凶悪な爪で一撃を加える……。
「吽の型!はぁぁっ!」
だが、その攻撃は彼を包む闘神の如き『金剛』の気によって阻まれ、電撃も地面へと散った。
「こんな奥の手があったのか……くそっ……」
思わず、そんな呟きが俺の口からこぼれた。
やはり世界最強の名は伊達ではないということか。彼は瞬間的に極限まで高めた『金剛気』を一定の範囲まで広げ、その範囲すべてを『金剛』による防御範囲にしてしまったのだ。これが彼の言う『吽の型』。いわばバリヤーのようなものである。対して『阿の型』は掌底打ちによって発生した空気弾の前面に『金剛気』を展開した、いわば大砲。
ちなみに派手に外壁が破壊されているが結界の中であるため、その真上にある観客席前列が崩壊するようなことは一切ない。衝撃波で驚いて失神する者は数人いるようだが……。
「本人も言っているように持続時間に難があるようだな。それでもややアイリに分が悪い……。やばいな、あんなの見せられたら、本当に乱入してでも戦いたくなるじゃないか……」
俺はたぎる気持ちを抑えつつ、激しく続いている二人の攻防を見つめていた。
「準備は出来たのか?」
「はい!いつでも起動出来ます」
ここは学園の地下第五層。
巨大な部屋の中心には円筒形の太い柱のような物があり、そこからあの『眠り姫』の部屋のように様々な太さや材質の管があちこちに伸びて部屋中を埋め尽くしている。
よくよく見れば部屋の所々には、ここの護衛や本来の担当研究者らしき者達の亡骸が横たわっており、今いる彼らが邪な方法でここに侵入したのだということを物語っていた。
「そろそろ試合も盛り上がってきた頃合だな……始めろ!」
現在その場にいるのは研究者らしき服装の者が数人と、武装した者が十数名。その中には本来ここを守護するはずの『結界衆』の者の姿も数名混じっている。
首謀者らしき男の合図で研究者達は様々な部位を操作し始めた。
『警告。誤操作により施設防衛機能が停止する恐れがあります』
『警告。マナの供給不足により施設維持機能が二十パーセント以下まで低下します』
『警告。各施設からマナの逆流を開始します。該当施設内の人員は即刻退避してください』
『警告。防衛機能が停止しました。非常用マナを使用し緊急防衛システムを作動します』
『警告。施設維持機能が停止しました。総員速やかに退避してください』
『警告。マナの強制逆流カウントダウンを開始します。十、九、八、七……』
室内の明かりが赤色となって激しく明滅し、無機質なそんな声が幾度も警告を発し続けている。
各所から吹き出す蒸気や煙。設置された機器のガタガタという異様な振動がそれが決して正常な操作ではないことを示していた……だが。
「ふははは!この『器』に大量のマナ、すなわち魔力を満ちさせれば、あの方はきっと復活なさる。さあ、今こそ初代ネザーランデ様が永き眠りから目覚める時ぞ!」
室内にいる者達は、警告音に動揺するどころか、まるで歓喜に身を震わせているようにさえ見える。
そしてあの無機質な声が、ついに始まりを告げた……。
『……三、二、一。非常事態発生。総員退避。総員退避。総員退避…………』




