本戦開始!
「あれは……いったい」
翌朝、目を覚ましても昨夜の夢がどうも気になって仕方がない。だが、やはり夢は夢。所々消えた断片のようにしか思い出せないみたいだ。あの女性の活発そうな笑顔さえ、今はぼんやりと霧がかかったようにぼやけてしまった……。
朝食を済ませるとシズカとツバキは、マリエらを伴って妹茶館に向かった。そして俺とアイリは武闘会本戦のために学園へと向かう。
「おおシンリ!来たな、こっちじゃこっちじゃあ!」
控え室に行くアイリを見送り学園関係者用の貴賓席に向かうと、ロロが精一杯身体を伸ばして手を振りながら俺を呼ぶ。
「おぬしの連れがよもや初戦で敗れようとは思わなんだが、これも勝負事の醍醐味よな。此度の武闘会は実に面白い!」
「こっちはそれどころじゃ……って、何やってるんだロロ?」
俺が椅子に腰掛けると彼女はいつものように膝の上に座らず、なぜか背もたれを足掛かりにしながら俺の背によじ登った。
「はよう、シンリはよう立たんか!」
俺の頭を挟むように両肩に自らの足を投げ出すロロ。つまりこれは肩車だ。
わけがわからず、彼女に請われるまま立ち上がると割れんばかりの歓声が会場内に鳴り響いた。
……え、待て何だこの羞恥プレイ。
「皆の者いよいよ本戦じゃ!ではまず、厳しい予選を勝ち抜いた十六人の戦士達をここに迎えようぞ!」
拡声の魔道具によって彼女のそんな声が轟くと、先ほどよりもさらに大きい地響きのような歓声が入場してくる選手達を出迎えた。ってか、彼女が肩車されているのはみんなスルーかよ……。
「アイリさまー!」
「アイリお姉様素敵ー!」
数人の後、いよいよアイリの入場。飛び交う黄色い声援……いやはや彼女は意外に女性に人気が高いようだ。
そんな観客達は気にも留めないのだろうが、道着の左胸に小さな椿の花の刺繍が見える。これはシズカに頼み込んで縫ってもらったもの。ツバキと共に戦うとの彼女なりの意思表示なのだろうが、気合いが入り過ぎないかが逆に心配である。
そんなアイリの姿を見つめていると、歓声が突如爆笑に変わる。爆笑の渦の中、入場してきたのは件のマスクド・Dだ。それらは野次も多いが概ね好意的な声援が多い。ふざけた格好だが、不思議と人を惹きつけるのだろう。
しかし待て……あれは確か最初にシズカ達が王都の店で買ってきたオニキス用のシーツじゃないか。あの時は荷物持ちでアイリも同行していたはず……なんで気づかないんだ。
爆笑と喧騒が一瞬収まり僅かな静寂の間を一拍置いて、突如会場中が異常なほどの盛り上がりと歓声の嵐に包まれる。そんな中を悠然と入場してきたのは過去二回の大会を制した男、ジャクソン・ランパード。
帝都で見た彼の父ニコラス将軍もそうだが彼自身もその存在感が濃く、すでに一種のカリスマ性を持っているようにさえ見える。民衆の歓声に手を上げて応える姿が本当に絵になる男だ。
だからこそ、くれぐれもシーツを纏った変なおっさんに当たらないでほしいと思うよ……心から。
「戦士達よ!よくぞここまで勝ち上がってきた。だが、本番はこれからじゃ!知っての通り本戦初戦を勝ち抜けばいよいよ結界付きの全開戦闘。よいか、本気を見せずして散るでないぞー!」
俺の頭上からそんなロロの檄が飛び、出場者達は気合を入れて雄叫びを上げ、観客達はさらに盛り上がった。
「ふう、我ながら惚れ惚れするスピーチじゃ。どっこらせ……」
「なあロロ、結界付きの全開戦闘ってどういうことだ?」
彼女に促され、再び椅子に腰掛けると俺の肩から降りて当然のように膝の上に移動するロロ。俺は彼女が先ほど言い放った聞き馴れぬルールについて質問した。
彼女曰く、この学園都市……つまり遺跡の結界技術と各国から招聘した三十人の高位魔導士によって、王都ギルドの訓練場のような結界を闘技場内に張るらしい。実は王都ギルドのあの仕組みこそ、この闘技場で使われた結界の技術を簡略化したものであり、こちらが本家本元。その効果は数段上なのだそうだ。
そんな結界内であれば存分に本来の武器や魔法、スキルを使っての戦闘が可能であり。屈強な戦士達の全開本気の戦いが見られるこの本戦こそ、この武闘会の最大の目玉なのだ。
やばい、それ程なら俺も中で戦ってみたい……あのシーツ男と。
流石に本戦まで勝ち進んできた出場者達のレベルは高い。
アイリら二人は別格だが、『ウ流』とかいう、まるで向こうの世界の映画で見た拳法のような動きをする相手に、ジャクソンはかなり苦戦していた。
ロロ曰く、純粋に己自身の鍛錬のみを追求するこの流派の門下が、このような大会に参加するなど考えられない事らしい。国家に属さぬ公平性から師範は度々審判として招かれていたが、選手が出場するのは後に記録を調べると、実に四十一年振りの事だったそうだ。
勝負は紙一重。その勝敗を分けたのは奇しくも俺やダレウスによる修行の成果に他ならない。あれがなければ、前回優勝者が本戦初戦敗退という大番狂わせになっていただろう。
ともあれ、ついに八人の選手が出揃った。
いよいよ、そんな彼等による全開戦闘が開始されるであろう会場内では、多くの係員や魔導士達が結界発動に向けて忙しく準備に追われている。
「学園の職員ってあんなに大勢いたんだな」
「それはそうじゃ、普段は学園運営の他に地下の遺跡も研究、管理をしておるからの。結界装置の準備にかかっておるのはほとんどが研究部門の職員達じゃ」
遺跡という極秘事項があるこの学園で、臨時の職員などという不安要素を雇い入れるはずはない。結界装置の準備に現れたあまりに多くの職員を見てそうロロに問いかけると、彼女はすぐにそんな内情を説明してくれた。
俺もいわば部外者だろうに……それだけ信用されているということだろうか。
「な、おぬし!いきなり何をするのじゃ?」
彼女にとっては生涯を賭けた重責。その秘密事項を躊躇なく話してくれる俺への信頼が嬉しくて、俺はついつい膝の上に座る彼女の頭を撫でてしまっていたようだ。
「ああ、すまないロロ」
「あっ、止めるな!さっさと続けんか!」
「ん、いいのか?」
「我慢は体に悪いからの。そちのためじゃ仕方あるまい。……んふふふ。うへへぇ」
頭から手を離そうとすると、何故か猛烈にそれをも拒否された。言ってる意味はよくわからんが彼女は頭を撫でられるのが大好きなのだろう。妙な声を上げながら悦に浸った笑顔を浮かべている。
ってか、おい!ヨダレヨダレ……。
頭を撫でられヨダレを垂らす主催者代表を放置して、会場では着々と大会が進行していた。今は、八人の選手達が集まって対戦者を決める抽選の真っ最中だ。
心配したが、ここでも三人は当たらなかった。早々に敗退したアシュリーと違い、こういった運の部分でもジャクソンは持っているということだろう。案外こういう部分が、現在の彼ら二人の関係性に影響しているのかも知れない。
抽選が終わり、一旦選手達は控え室に戻って行く。
そして今か今かと試合開始を待ちわびる会場内では、合図と共に例の結界が発動した。
結界は二重構造。闘技場内を包むのは、巨大なシャボン玉のように時折虹色の光を放つ様が、普通の人にも見えるほど濃密で強固なもの。
そして観客席ごと、この施設全体を包むのは魔法科訓練場に張られているのと同程度。一般の人が対象になっているので、もちろん魔力の徴収はなしだ。
幻想的な結界の発動に目を奪われる観客達。だが次の瞬間、彼らは半ば強制的に違うものに視線を奪われることになる。
入場してきた選手……あのふざけたシーツ男には肩の部分を突き破って……
……厳つい両腕が生えていた。




