九日前
昨日はあれからバタバタだった。
バービーと共にギルドに赴き、S級冒険者に関する説明が約二時間。その後カードの書き換えを行い、ギルド職員達との顔合わせ。
それが終わると、バービーが仕切って帝都の料理屋で、帝都を中心に活動する緑に属さない冒険者達との親睦会。
更にはギルドに戻って一晩中酔ったバービーの愚痴を聞いたり……。
まあ、前日にそれらを準備してくれていたのを、すっぽかしてしまった罪滅ぼしに朝まできっちり愚痴に付き合っておいたので、勘弁してくれるだろう。
シズカと共に朝帰りした俺を何とも複雑な顔で迎えた仲間達だったが、いやいや、想像しているような事は起こる時間すら無かったぞ。
ともあれ、それからまた昼過ぎまで眠る俺達。昼まで寝るのが習慣化しつつあるなんて、何だがダメな人間みたいになってないか……。
ちなみに今日の俺の右側はナーサ、左側はエレノアだ。
お風呂に入るとナーサのオレンジの癖っ毛はいつもちりちりと小さくカールして、まるで絵画の天使の様になる。しかし乾いている今はやや爆発気味で、だがそれもまた愛らしい。彼女は現在十六歳。身長はシズカやツバキには勝るもののアイリには進化の際に十センチ程抜かれてしまった。年齢の割に女性らしい色香を感じさせる身体つきをしているのだが、ある部位がこれまたアイリに負けているのを密かに気にしている。
エレノアは世のエルフファンの期待を裏切る褐色に日焼けした巨乳ハイエルフ。通常ならダークエルフに設定されそうな外見だが、間違いなく純粋なエルフ種だ。最早彼女の代名詞たるその巨乳は衣装の採寸の際に測ったシズカ情報では百二センチ。だが決して彼女はムチムチしている訳ではない。いやむしろ長身である為に、やや痩せて見える程だ。年齢は女性の事なのでン百歳くらいとボカシておこう。本人曰く、若気の至りで五十代の頃にエルフの男性との間に子を儲けていて、セイナン市ギルドの長、ハーフエルフのエレナもその子孫の一人。
やたらと性的に過激な言動をしてくる彼女だが、攻められるのは苦手らしくこちらから迫った時に見せる恥じらいの表情のギャップがまた堪らなく愛おしい。
「師匠!そろそろ本日の稽古をお願いします!」
折角のまどろみに水を差すジャンヌの大声。昨日あれだけやられたのに、この向上心と根性はたいしたものだ。しかし……毎日これを続けるつもりじゃないだろうな。
「やあエヴィくん、調子はどうだい?」
「これは将軍閣下。快適には程遠いですがそれなりに生かされておりますよ」
ガウェイン将軍がキサラギを伴って訪ねているのは、帝都の外れに造られた収監施設。
彼等の前の一室に収監されている、両の手足に枷を付けられた女性。彼女は元A級冒険者『緑機衆』筆頭エヴィ。
パーティメンバーのある特殊な能力によって、ジャンヌ達の乗る飛竜が着陸する場所を特定する事が出来た彼女達は暗殺任務を志願し実行したのだが、その情報は裏切り者の手により事前に帝国軍の知るところとなり、仕掛けられた包囲網とジャンヌの実力の前に仲間は死亡または捕縛された。
「単刀直入に言おう。キミ達の『六人目』の力を借りたい」
「はん、赤光将軍様ともあろうお方が罪人に頭を下げるのかい?」
牢の格子の向こうで、そう言って頭を下げるガウェインの行動に一瞬驚いた様子を見せ、皮肉っぽく返したエヴィだったが、後は死刑を待つばかりの彼女にとってこれは千載一遇のチャンスとも言えた。
「そうだね……条件次第では考えない事も無い」
「きさまっ!」
「控えろキサラギ!」
駆け引きは既に始まっている。主導権を握る為にやや上からものを言う彼女の態度にしびれを切らしたキサラギが怒鳴りつけるが、それはすぐにガウェインによって制された。そのガウェインの態度に組み易しと踏んだのか、エヴィは余裕の表情を見せながらどこまで条件を引き出せるのか値踏みする。
「そうそう、エヴィくんと一緒に捕まった女性、確かルーンヤって鎌使いだったっけ?」
それは彼女にとって致命的な名前だった。彼女が引き出したい最重要案件でありながら、それを悟られぬよう他の条件の中に盛り込み提案する考えを今巡らせている最中だったのだ。
しかし、少し考えれば解ってしまうのもまた事実。何故なら戦闘後半に於いて、未だほぼ無傷であった彼女が投降の意思を示したのは、傷付いた仲間の女性ルーンヤを庇ってに他ならないからだ。早々にジャンヌに挑み自慢の鎌を撃ち砕かれ、その後軍との戦闘で更なる深手を負った彼女の応急処置を条件に、エヴィは投降を申し出ていた。
「おっと、恐い顔をしないでくれ。別に脅したい訳じゃないんだ。しかし、彼女の容態はあまり芳しくないみたいだ」
「くっ……」
エヴィは孤児院で育った。頭がよく何でも出来て、それでいてどんな者とも打ち解け優しく接する彼女は孤児院の子供達の中ではリーダー的存在だった。
逆に喧嘩っ早く、自己主張が強いルーンヤは自分に誰一人近付けようとせず孤立していた。そんなルーンヤが何度も挑んで完膚無きまでに敗れて認めた存在がエヴィ。彼女はいつもエヴィの後ろをついて回り、まるでエヴィが自分の姉であるかの様に甘え、崇拝に近い感情までもを抱いていた。
そんなエヴィが冒険者になると言いだして孤児院を出て行く時も、彼女は迷わずそれに付き従う。エヴィの進む道を遮る者は全て自分が排除する。そんな信念を貫いて戦い続けるルーンヤ自身も、いつしかエヴィ同様に名の知れた存在となっていった。
当初、二人と共に孤児院を出た仲間の能力で失せ物探しや迷い人の捜索を生業としていたのだが、活動内容をより金銭を得られる、賊の捕縛や盗賊、野党の討伐などに変えた事から彼女の無鉄砲さと残虐性は高まり、それ故のトラブルも多かった。それでも彼女に対する態度を変えないエヴィに、彼女はより心酔していく事となる。
そして、そこまで自分の事を想ってくれるルーンヤをエヴィが何より大切に考えるのは、至極当然の事であった。
 




