十日前
皇城『グランツ』での晩餐会で、ボス級の魔物と戦う何倍もの疲労感を覚えた俺達は、次の日さらにその翌日も完全オフにして、惰眠を貪っていた。
例によって俺のベッドに全員居る訳だが、彼女達の中でその位置どりにルールを設けたらしく、俺の両隣は毎晩交代制だ。今日は右にガブリエラ、左がアイリの日である。
晩餐会でのガブリエラは会場の中でも一際輝いていた。まあ、人智を超越した存在である彼女の美しさは人間としての進化の枠の外にあるものだ。誰もが目を奪われるのは分かっていたが、まさか出逢ってすぐに三人もの貴族に求婚されるとは思わなかった。それらをやんわりと断る姿さえも、どこか絵になっていたな。
そんな彼女に匹敵するほどの見事な双丘を寝間着の胸元から無防備に晒しているアイリ。こう見えても彼女はまだ十五歳。身長はエレノア、ガブリエラに続いて三番目に高く、進化によって得たその野性味溢れるしなやかな身体つきはガブリエラとはまた趣の異なる美しさである。そういえばもうすぐ彼女の誕生日だ。この世界には誕生日だからといって特に祝う習慣は無いらしいが、何かしてあげたいな。今度シズカにでも相談するとしよう。
「おはようございます師匠!是非稽古をつけて下さいませっ!」
俺達のそんな時間を終わらせたのは、勢いよく扉を開けて入ってきたジャンヌの大き過ぎる声。はあ、やれやれだな。
「それは本当なのかキサラギ?」
自分の屋敷の執務室でキサラギからの報告を聞いたガウェインは、思わず立ち上がり聞き直した。
「間違いありません。ガルデン、ガイウス両名が監視の目から逃れ行方が分からなくなりました」
「何故だ!ガイウスは心的ダメージで療養するのではなかったのか?」
「確かにそのような診断がなされておりましたが、昨日の午後には意識が戻ったとも聞いております。その際、かなり乱心していた様子であったとも」
「チッ、くだらない事をやらかすにしても目に見える範囲で動いてくれればいいものを」
何が起こるのか全く予想がつかない不安と、それらが自身の身内によってもたらされるという落胆が、彼を一層苛立たせていた。常に帝都の危機を想定して、兄弟の動きを見ていた彼がいつも通り冷静でいられたのなら、この時点で気付く事が出来たかも知れない。
帝都中の『緑』の者達の多くが、彼等と共に姿を消した事に……。
そんな事態が起きているとは思ってもいない俺達は、ジャンヌの屋敷の中庭でジャンヌ弄りの真っ最中だ。
「はぁーぁ、遅過ぎて眠くなってきましたわ」
シズカはあくびをしながら、ジャンヌ渾身の左右連続突きをフラフラと躱す。
「遠慮しないで本気で撃ち込んで来ていいんですよ」
アイリが纏う暴風は尽く彼女の刺突を弾き飛ばす。
「残念。ハズレ」
ツバキの分身はいくら追っても本体を見つけられない。
「ふむ、ジャンヌ殿せめて二本以上は相手にしてほしいのだが……」
ガブリエラの光剣に至っては二本に増やした途端、全く歯が立たなくなった。
「普通の人からすれば十分強いんだけどね……。ジャンヌも『冥府の森』で鍛えてみるか?」
「師匠!いくら未熟だからとて殺さなくてもいいじゃないですか!それだけは勘弁してください!」
彼女の為になると思ったんだが、まあ一般的に考えればそうなるか。『冥府の森』に行くのは死ぬのと同じって考えられているからな。
そんな事を考えていると、さっきまで応接間で来客と会っていたユーステティアが不機嫌な様子で俺の後ろに背中合わせに座り、背に寄りかかる。
「どうしたんだティア?」
「もう、頭きちゃうんだよー!」
彼女の話によれば、例の逆告訴を受理するにあたり真偽院としては事前に『御鏡の儀』を行いたいという通達が来たようだ。真偽官は嘘をつく事が許されない。それは大前提となるべき事だが、今回のように真偽官同士が違った見解を示し、いずれかが虚偽の報告をしている疑いがある時にそれを判断し不正を行った真偽官を裁くのが『御鏡の儀』らしい。
使われるのは組織発足時から受け継がれてきた真偽院の秘宝『ヤタの御鏡』。真偽眼を持つ者がこの鏡の前で嘘を言うと、その眼は潰れ、脳内を焼かれて死に至るという伝承がある。その鏡に向かう儀式が『御鏡の儀』だ。
ちなみに俺がユーステティアをティアと呼んでいるのは彼女の強い希望があったからである。
「ユーステティアが嘘をついてないなら堂々と受けて立てばいい!」
そう言って彼女を後押しするジャンヌだが、台詞とは裏腹に今は地面に大の字に寝転がり天を仰いで息を切らしている。
「でもね現在の『ヤタの御鏡』は偽物だって噂もあるんだよ。かつてその鏡を真偽院に貸し与えた『スクナピコナ』様に既に本物は返却されてるって」
「それでは儀式自体が無意味じゃないか?」
「そうなんだよ。なんか無駄な度胸試しをさせられちゃうみたいで気乗りしないんだよねえ……」
「確かにそうだな。なら彼女に直接聞いてみるか……」
「ん?シンリ様何か言いました?」
「いや、何でもない」
まさかこんなところで彼女の名前を聞くなんて。しかし関わりがあると知られても、いい予感はしない。取りあえずは黙っておこう。
それにしても……何か俺達は重要な事を忘れている気がする。どうも今朝辺りから何かがひっかかってどうにもスッキリしないのだ。
「どうされましたお兄様?」
そんな俺の様子を心配気に見つめるシズカ。
「いや、何かを忘れているようなんだが、思い出せないんだ」
「あら、お兄様もですの?ワタクシも何か大事な事を忘れているような、そんな気が昨日から……」
「そうかいそうかい、まあアンタ等にはその程度の価値しか無いんだろうねえっ!」
「バービー?……あっ!」
突然訪ねてきたバービーの用件。そう、俺達はせっかくS級認定されたのにカードの変更手続きをすっかり忘れてしまっていた。




