八日前
「そんなに悩む事はない。こちらから提示する条件はキミと彼女、それに未だ潜伏中の『六人目』の釈放と身の安全。もちろん彼女の治療込みでだ。悪い話じゃないだろう?」
「確かに……だが解せんな、我らを解放して復讐に出る可能性を考慮してない訳ではあるまい」
ルーンヤの名前が出て以降、警戒心からすっかり険しい顔つきと口調になってしまったエヴィ。
「無論、解放は事が済んでからにさせてもらう。それは理解してほしい」
「事……だと?」
「まあ、何も起こらないに越した事は無いんだがね。そうだな、彼女の治療期間とでも考えてもらえないかな?」
ガウェインはそう言ってはぐらかした。姿をくらましたガルデン達は間違いなく何か事を起こすだろう。そう自分の中で確信を持っていても、現時点では彼の想像の域を出ない話。例え相手が元『緑』の構成員とはいえ、迂闊な事を口にしたくは無いのだ。
そんな雰囲気や緊張が伝わったのか、冷静さを取り戻し暫く考え込んだエヴィだったが抵抗するだけ無意味だと理解し潔く白旗を上げた。
翌日、収監施設に彼女を迎えに来たのはガウェイン達だけでは無かった。ガウェインとキサラギ、その配下の赤光騎士団の精鋭数人。更には『六人目』の証言自体の信憑性を確認する為に真偽官ユーステティアと護衛のジャンヌが呼ばれている。
「ふふ、将軍も意地の悪い御方だ」
因縁のあるジャンヌの姿に不快感を隠そうともしないエヴィ。一方のジャンヌも毎日シンリ達にやられっ放しである為、どこかにその気持ちをぶつけたいのか挑発的な顔つきで睨み返す。
「そろそろ出発したいんだが、二人ともそれ位にしといてくれないか?」
一触即発かと思われたが、間に入ったガウェインに意外にあっさりと止められ、両者はそれぞれ別れて二台の馬車に乗り込み出発した。
エヴィの案内に従って走り辿り着いたのは意外にも第二区の賑やかな大通り。馬車を降りた一行が向かったのはその大通りから曲がったすぐの路地にある小さな雑貨店である。店は閉まっていたのだがエヴィの案内で裏口に回るとそこの扉には鍵がかかっておらず、中に入る事が出来た。
中に入って数歩歩いた所でエヴィが床板を外すと、そこには地下に降りる階段がある。意外にもその下にはかなり広い空間があるようだ。
「私だ、入るぞウンカイ」
そう言いながら入るエヴィを先頭に、護衛の騎士以外の全員がそこに降りた。
「うっ、これは……」
エヴィにより『ウンカイ』と呼ばれた彼を見て、その場の誰もが息を呑んだ。
頭部は通常の成人男性のそれだが、四肢はあまりにも短くて小さい。その四肢のみを見た者は幼児であると勘違いしてしまうだろう。小さな深緑のローブを着込み、丸めた布団の様な奇妙な形の椅子に座っていて、口元には天井から伸びた二本の管状の物が咥えられていた。
「見ての通り彼は身体が不自由でね、一人では歩く事はおろか食事をするのも儘ならない」
「では彼、ウンカイくんはどうやって生活を?」
「それは大丈夫。あの管から水と食事がいつでも出る仕組みになっているしあの椅子の下から排泄も出来る。雇っている手伝いの者が掃除や身体を拭きに来るようにもしてあるんだ」
「確かに、エヴィくん達は冒険者。留守にする方が多いだろうからねえ」
逸る気持ちを抑え、そんな会話をエヴィとするガウェイン。話しながらエヴィは床の一部を片付け、何かの模様の書かれた大きな木の板をそこに置いた。
「これは、まさか帝国の地図かい?」
「ご名答。流石は将軍といったところか」
この世界にあまり詳細な地図などは無い。漠然とした絵の様な物であったり、道と主な土地名が走り書きされた程度の物であったりが一般的だ。
だがその木の板に書かれているのはかなり詳細で正確な地図。多くの時間を費やし実際にそこへ行かなければ分からないような丘や洞窟、小さな森等まで書かれている。
「これは、自分達で調べたのかい?」
「ああ、彼の能力を活かす為に必要だったんでね。冒険者になった当初は、ひたすら帝都じゅうを動き回ったんだ」
罪人として捕縛された現在の自分と、その当時の自分を比べているのだろうか。彼女はどこかとても寂しそうな表情を見せる。そんな彼女はウンカイに近寄り抱きかかえると、彼をその地図の上にそっと乗せた。
「準備は出来た。で、何が知りたいんだい?」
「……この持ち主を、探してほしい」
そう言ってガウェインが取り出したのは儀礼用に作られた過度の装飾が施された大剣。その見事な作りからかなり高い身分の者の持ち物である事が容易に窺える。
「ほほう、そういう事でしたか。なるほどねえ……」
「始めてくれ!」
元『緑』の構成員であった彼女ならガウェインが兄ガルデンの動向を監視していた情報くらいは知っている。そこにこれほどの剣の持ち主探しだ、答えは容易に解ってしまった。それを見抜かれたガウェインは余計な事を話させまいとやや大きな声で催促する。
「だそうだ。ウンカイ頼む」
エヴィがウンカイの側にその剣を置き、彼のフードをめくる。露になった彼の頭に頭髪は無く、目は不自由なのか瞼が閉じられたままだ。
小さく頷いた彼が集中すると、その小さな身体と傍の大剣が薄っすらと光を帯びて僅かに宙に浮かび上がる。それは一分ほどその状態で木の板の地図上を漂っていたが、ふいに光を失い着地した。
着地した彼は、ふるふると二回首を横に振る。
「残念だが、帝国内には居ないようだ」
「そんな馬鹿な?ユーステティア?」
話せない彼の答えを代弁したエヴィにその結果を聞き、焦った様子のガウェインは真偽眼で状況を見ていたユーステティアに向き直り問うた。
「彼女達に嘘はありません」
きっぱりと言い切るユーステティアの言葉に、落胆と焦りを強く見せるガウェイン。
「ウンカイのユニークスキル[追跡者]は絶対だ。この地図も彼を連れ数年かけて帝国じゅうを歩き回り作り上げた完璧な物。この地図上に反応が無い以上、帝国内に居ないと断言出来る!」
そう力強く断言するエヴィと対照的に、ガウェインは暗い表情で片膝を付いた。




