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マザーブリトニー

ぴとっ!


 ここは既に『失意の沼地』の湿地帯。辺りには薄っすらと靄がかかり周囲の草木も湿気を帯びている。


ぴとっ!


 不良な視界にうっかり足を取られれば、沼の汚泥にたちまち飲み込まれてしまうだろう。


ぴとっ!


 ブリトニーは個にして全、全にして個。この『失意の沼地』に存在する全てのスライムがブリトニーであり、それらが個々のスライムでもあるのだ。互いに捕食し合い、また分裂して個体が増える。そんな事を繰り返す内に捕食する側になれる強い個体のみ生き残り、その強さを持った分体が生まれ、より高いレベルでの弱肉強食体系が確立されていく。ある意味ブリトニーは、この瞬間にも強くなり続ける、常に進化する魔物であると言える。


ぴとっ!


 今、四体目のブリトニーの分体が俺の肩の辺りに取り憑いた。個体であっても共通する意思により全ての個体が俺に好意的なのだ。だが逆に言えば周囲のスライム全てが恋敵になるシズカ達。彼女達は全員でミスティに頼み込み、水の結界で覆われて難を逃れていた。


「ブリトニー、今日は何処に居るの?」


 俺は肩に居るソフトボール大の分体に訪ねる。すると四体共一部を細く伸ばし、まるで指差す様にある方向を指し示した。

 その案内に従い暫く歩くと、この湿地帯には珍しい水の澄んだ池が見えて来た。俺が水際に近付くと、突然透き通っていた水が薄いピンクに染まる。


 そう、この池こそがブリトニーの起点。始まりの『マザーブリトニー』とも言うべき存在だ。ガブリエラの件で召喚したのは正にこの『マザーブリトニー』の一部に他ならない。全てのブリトニーは、ここより生まれ弱肉強食の戦いに勝ち残った強き個体がここに戻るのだ。


 俺の肩に居るブリトニー達は、俺に触れる事が許された強者。肩から降りるとマザーブリトニーから伸びた組織により四体共吸収された。


「ただいまブリトニー」


 俺がそう言いながら手を水面に近付けると、ニュッと伸びた組織が腕に巻き付き僅かに魔力を吸われる感覚を受ける。しかしその直後、今度は身体中に爽快感が広がり活力が漲って来る。これは僅かな魔力のご褒美と引き換えに俺の体内の水分から、余分な汚れ等を吸収してくれた為だ。


「ありがとうブリトニー」


 そう言いながら俺が優しく水面を撫でると水の色はピンクから更に赤に近い色に変わる。


「迷宮で見ただろうが彼女達は俺の新しい仲間であり家族達。エレノア、ツバキ、ナーサ、ガブリエラだ。よろしくな」


 俺が離れた場所でミスティの結界内に居る仲間を指差し紹介すると、まるで興味が無いとでも言う様に水の色が無くなった。


 機嫌を直してもらおうと俺がまた水面を撫でてみると、再び薄いピンクに染まったのでナーサの件を相談する。このエリアの理念は弱肉強食。だが最強種であるブリトニーに対しては全ての魔物が畏敬の念を持っている。ちなみに生息しているのはリザードマンや水棲の魔物達。スライム種は既に絶対者により淘汰されておりブリトニーだけだ。


 面白く無いのか、暫くピンクから青へと忙しく色を変えていたマザーブリトニーだったが俺の熱意を感じてくれたのか、ゆっくりとその身体を波打たせるとポヨンと一部を切り離す。


 切り離されたその真っ青な個体には、驚くべき事に『核』があった。


 と言うのもブリトニー分体には固形の核が存在しない。核を持つという事はそれが完全に独立した個体になる事を意味するからだ。ブリトニーの各分体は粘性の高い核に変わる器官を持ち、マザーブリトニーの湖底にそれらを統べる巨大な核を持っているのだ。


『核』を与えたという事は、つまりブリトニーが異種のスライムが存在するのを認めた事に他ならない。


「ナーサおいで。ブリトニーが君の為にスライムを生んでくれた。自分の魔力を少し吸わせてから名前を付けて召喚してごらん」


 俺が呼びかけるとミスティの結界から出たナーサが恐る恐る青いスライムに手を伸ばす。その手にスライムの一部が触れ、少し経って離れた。

 暫く思案に耽ったナーサが、召喚術を行使する。足元に魔法陣が現れ…


「出て来て『アオマル』ちゃん!」


 その声に呼ばれ魔法陣から真っ青なスライムがポコンッと跳ね上がった。


 青くて丸いからアオマルか……。まあ名前は兎も角、あのスライムは現時点のブリトニーの力を継承した個体。どの程度マザーブリトニーが力を与えたのか不明だが、この森の外では最強のスライムとなるだろう。


「ありがとうブリトニー。やっぱりお前は頼りになるな」


 御礼の意味も込めて多少の魔力をこちらから送り、水面をしばらく撫で続ける。


{ねえシンリ。そろそろ勘弁してくれないかしら?}

「どうし……うあっ!!」


 ミスティの声に後ろを振り向くと、彼女の結界に夥しい数のブリトニー分体が取りついていた。それは中に居るシズカ達を、結界ごと押しつぶしそうな勢いだ。


「お、お兄様。ご挨拶が済んだのなら早々にお暇した方がよろしいんじゃなくて?」

「シンリ様、潰れちゃいます!」

コクコク。

「我が君よ、また衣服を溶かされてはかなわんでのう」


 俺の前でいい所を見せておきながら、後ろで執拗にシズカ達を攻撃しまくっていたとは、まあそれでこそブリトニーらしいという物だ。強力な溶解液を分泌し全てを溶かし尽す事が可能な彼女が、衣服だけを溶かすのは彼女なりにシズカ達を俺の仲間として認めているという事。案外ブリトニーは知能も高いと俺は思っている。


 シズカ達が我慢の限界とばかりに撤退を始めたので、再び軽く水面を撫でて俺もシズカ達の後を追った。 

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