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ナーサの剣

 翌日の朝、俺は甲虫の四武将に頼んでクグノチの居る広場の前に、腕に覚えのある魔物に集まってもらっていた。

 今回『冥府の森』に寄った一つの目的の為だ。流石に『冥府の森』全土を支配している俺の招集とあって、皆かなりの実力者揃い。その数百体余り。


「皆聞いてくれ!ここに居るのはナーサ。俺の新しい家族であり彼女自身は召喚師(サモナー)だ」


 皆の視線が俺の隣に立つナーサに向けられる。その視線に気圧され下を向こうとする彼女の肩を、俺はしっかりと掴んで顔を上げさせると、話を続けた。


「我こそはと思いし強者に彼女との召喚契約を頼みたい!」


 俺の目的の一つ、それはナーサに『冥府の森』の強力な魔物と正式な召喚契約を結んで貰おうという物だ。ナーサの召喚師(サモナー)としての能力はこれまで召喚した魔物や魔獣を見てもかなり高い。だが召喚後、屈服も契約もさせずにダスラに委ねてしまう為、再召喚が出来ないのだ。

 ここに集まった者のほぼ全員が俺の【傲慢眼(ルシファー)】によって召喚可能状態にあるが、ナーサと新たに契約すると言う事は俺からの召喚をされなくなると言う事。その為か中々名乗り出る者は現れない……。


「ナーサ。自分の言葉で伝えてごらん。きっと君の力になってくれる者が居る筈だ」


 俺はそう言いながらナーサを一歩前に出させた。後ろから見る背中は小さく震えている。だが顔を上げた彼女ははっきりと力強く、気持ちを声に出した。


「わ、私はナーサ。他の仲間みたいに強くないし足手まといなのかも知れない。でもダンナ様が好き!傍に居てダンナ様の力になりたいの、役立たずはもう嫌なの!お願いします私の力に……今までの私を斬り捨てる一振りの『剣』に、誰かなっては下さいませんか!」


 いつも途切れ途切れに小さな声で話すナーサ。その彼女が精一杯の声で心から訴えたその言葉。しかし静まり返ったその場で前に進み出る者は居ない……。






 それは俺が収監所から屋敷に帰った夜の事。


 食後、疲れから寝てしまった俺は夜中にソファで目を覚ました。掛けられていた毛布を畳み部屋に戻ろうと立ち上がると庭に誰かが立っているのに気付く。外に出た俺が見たのは夜空を見上げながら涙を流すナーサだった。

 理由を聞くと彼女は俺に抱き着いて来て、涙と共にその思いを伝えて来る。自分の能力は汎用性が低く使い難い。俺にはダスラしか必要無いのでは無いか。このパーティに自分は居てはいけないのでは無いかと……。


 召喚術は魔力と同時にかなりの精神力を必要とする。これまで様々な強力な魔物を召喚して来たであろう彼女の精神が、安定の為に生み出した人格がダスラだ。普段はそのダスラに依存する事によって本来の精神を休ませ、そこで得られた余裕を以て召喚の糧としている。

 しかし最近はナーサとダスラ双方の人格が共に俺達と存在したがるので、それがナーサ本体の精神に負荷を与えているのだ。


 俺は優しく彼女を抱きしめ耳元で囁く。


「大丈夫。ナーサの『(とも)』もすぐに見つかる。だから必要無いなんて、そんな悲しい事を言うのは止めておくれ……」


 それを聞いたナーサは小さく頷くと俺を抱きしめる手の力を強めた。






 そして今、未だ静寂に包まれた広場でナーサは顔を上げ懸命に前を向いている。

 いつになっても名乗り出る者がおらず諦めかけたナーサの顔が下がろうとした時、広場の後ろの方で騒めきが起こった。その人垣が左右に割れるとその中を一体のやや小ぶりな甲虫の武者が歩いて来る。甲虫、それもクワガタだな。通常のクワガタと違い彼等甲虫の武者はやや人型に近い体型をしている。頭部は一見すると兜をかぶっている様に見えるが実際はその兜こそ頭だ。

 そのクワガタの武者は、静かにナーサの前に歩み出ると膝を付き深々と頭を下げた。


「彼等は人語を話せない。だがその意思は伝わるだろナーサ」


 俺がそう言うとナーサは感極まった表情で目の前に傅く武者を見る。


「あとはナーサが彼に名前を与え、召喚すれば契約は完了だ」


 ナーサは腕を組み、名前名前とぶつぶつ言い始めた。後ろでシズカが期待に満ちた視線を送っている。暫くするとナーサは杖を構え精神を集中させ始めた。彼女の隣に魔法陣が現れる。


「お願い『クワタ』さん!」


 魔法陣から先程のクワガタの武者が姿を見せた。と同時に俺の後ろでシズカが、昭和のお笑い張りに盛大にずっこけた。俺がクワガタって呟いたのがナーサに聞こえたのかな。にしてもクワタさんって……。


 まあしかし召喚した方もされた者も、どちらも嬉しそうだ。召喚契約を結んだ者は少ない魔力で確実に召喚出来るので、クワタさんは今後活躍してくれそうだな。これで彼女は初めての自分の『(とも)』を手に入れた。


「あのコ強いよ、シンリ様!」

「四将近いの?シンリ様」

「六刀流なの、シンリ様」


 俺の側に控える『蜘蛛女三姉妹(アラクネシスターズ)』からの評価も高い様だ。彼女達はこの『失われた楽園』を隅々までその八つの目で見ている。その彼女達が四将に近いとさえ言わしめる実力、これは本当に頼もしい限りだ。


 ちなみに『冥府の森』に来てからダスラのテイムは一度も成功しない。パンドラ程の規格外の影響下にあり、尚且つ俺の【傲慢眼(ルシファー)】に忠誠を預けた者達では当然だろう。

 ナーサには召喚可能な魔物に多様性を持たせる為にも、各地域で最低一体ずつは契約して欲しい。まだまだ頑張ってもらおう。


 会場では集まった強者達とアイリ、ツバキ、ガブリエラが熱く語り合っていた。もちろん人語を話す者は少ないので会話の手段はその剣だ。しばらく待ったが中々終わりそうに無かったので強制的に終了させ出発する事にする。次の目的地を思ってか皆足取りが重いな……。


 無理も無い。次に向かうのは『失意の沼地』。あの焼き餅焼きで嫉妬深い、服を溶かすスライム『ブリトニー』が治める地だ。






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