プリシラ 1
「見たまえアイリ君。前頭骨が大きく破損している…恐らくこれが致命傷だろう」
「下顎骨も砕けていますね?」
「ふむ、これは下からの衝撃。恐らくは強力な鈍器でかち上げられた物だ」
「シズカ警部、何故凶器が鈍器だと?」
「まだまだ青いな。右腕の尺骨と橈骨がどちらも折れてしまっているだろう?」
「はい。砕かれた様な折れ方をしていますね」
「これは容疑者の凶器を思わず受け止めようとした為に砕かれた物だ。鋭利な刃物ではこうはいかない」
「流石は冥府の森署の敏腕刑事シズカさんです!」
「……あー、そろそろ満足してくれたかい?」
俺の前で、自ら倒した骸骨兵士を使って検死ごっこをしているシズカとアイリ。
ここ『不帰の森』は世間的に最も近寄りたくない地域と認識されているのだが、修行で足繁く通った俺達にとっては懐かしき場所だ。通常彼等アンデッドは土の中に眠る等して一日ほどかけて再生するものだが、この『不帰の森』では濃い瘴気と魔素によって僅か一時間余りで再生する。目の前に横たえられた骸骨兵士も、既に破損部位の修復が始まっていた。
「申し訳ありませんお兄様。懐かしくてつい」
「警部って何か知らないですが面白いです」
悪ノリしていた二人がバツが悪そうに戻って来る。他の仲間はと言うとツバキとナーサは、アンテッドの集団相手に連戦の真っ最中。
ナーサは早速クワタさんを召喚して戦わせているのだが、やはり彼も只者では無い。高速で動き、まるで十人に分身したように見えるほどのツバキの連続攻撃に、手に持つ四本の剣と頭部の角二本の計六本を使い、全く引けを取らない勢いでアンデッドを殲滅していく。
ちなみに彼が持つのは正確には剣ではない。これは『失われた楽園』に生える『ヒトキリスゲ』という植物の葉だ。この植物の葉は切れ味が鋭く、そこを通る魔物や人の手足を切断してその血や肉片から養分を得る。彼はそれを背中の羽の下に寄生させており必要な時に葉をちぎって使うのだ。もちろん硬い外骨格で覆われた彼がその葉で傷を負う事は無い。
『髭爺』への挨拶が済んだ後、俺達が修行していた話を聞いた二人が自分達もやってみたいと言い出してこの状況になっている。エレノアとガブリエラは、その体質故にやや離れた場所で座って見学中だ。
暫くすると、その場を離れていた髭爺が俺の隣に音も無く現れた。挨拶後ナーサの件を聞いた彼は何か心当りがあるらしく、小さく頷くとどこかへ行っていたのだ。
相変わらず小さな彼の背後に、艶艶とした黒髪の頭が見える。俺の注意がそちらに向いている事に気付いた彼が横に避けると、同行者の姿がはっきりと見え、全員がその姿に目を奪われた。
まるで人形の様、その表現がこんなに似合う者がいるだろうか。
そこにいたのはシズカよりやや背の低い少女。背中の中ほどまで伸びた美しい黒髪は前髪が額に沿って切り揃えられており、その愛らしい顔がはっきりと見えている。人形の様に生を感じさせない白い肌。眉毛は無く、大きくつぶらな瞳は澄んだ水色のガラス玉で出来ているかのようだ。恐らく『蜘蛛女三姉妹』の作品であろう仕立てのいいノースリーブの黒いワンピースを着て、編みあげのショートブーツを履いている。
この『帰らずの森』はアンデッドしか生息出来ない。その為、この森の魔物の大半は腐敗しているか、髭爺達の様な骸骨の外見かのどちらかだ。彼女の様に顔に縫い跡ひとつ付いてない者は本当に珍しい。
「はじめましてだね。俺はシンリ、君の名前は?」
「私はプリシラ」
互いに挨拶を交わすが彼女の表情はまるで変わらない、本当に人形みたいだ。俺はナーサを呼び、自ら話をするように勧めた。
「はじめましてナーサと言います。よろしくお願いします」
相手が人型なので召喚契約の話をせずに思わず普通に挨拶してしまうナーサ。だがはっきりとした口調で話しているのは彼女の決意の表れなのだろう。じっとナーサを見上げていたプリシラだったが、ナーサの前にてくてく歩き出す。気のせいだろうか少し表情が和らいだ様に見える。
「私はプリシラ。お友達になっ……」
ゴトン!ゴロゴロゴロ……。
「……ください」
その状況に誰もが言葉を失った。目の前で見たナーサが叫ばなかったのは驚き過ぎて半ば意識を失いかけたからに他ならない。
状況を説明しよう。ナーサの前に立ち、挨拶をしながらお辞儀をしたプリシラの首から上が、お辞儀の勢いで転げ落ち三回ほど転がってナーサを地面から見上げているのだ。
首が落ちたにも拘らず彼女は一切の出血もしてはいない。その首の切れ目からは黒い瘴気がただ溢れて煙の様に漂っているだけである。
誰もがじっと落ちた頭を見ていると、何処からともなく一匹の大きな蝶が現れた。その蝶は黒い縁取りのある水色の美しい羽根を持っていて、ひらひらとプリシラの頭に舞い降りると後頭部にちょうどリボンの様に取りついた。そのリボンが羽ばたくと落ちた頭はふわりと宙に浮かび上がって行く。
「なんと!こやつは『デュラハン』ではないのかえ?」
「知ってるのかエレノア?」
「ふむ、会うのは初めてじゃが『死に寄り添う者』と言われておっての。死の気配がする所や死の迫った者の前に姿を現すと言われる、まさに『冥府の使者』と呼べる存在らしいがの」
「まさか……誰かに『死』が迫っているのか?」
俺のその問いに、皆の間に緊張が走る。だが蝶によって空中に漂う彼女の頭がそれに答えた。
「この場所には『死』の香りがいっぱいある。気に入ったから遊びに来たら、帰る方法忘れちゃった」
何とも間抜けなその話によって、頭のみで浮かぶ彼女の状況も多少滑稽にも感じられる。全員の緊張が緩む中、もう我慢出来ないとばかりに声を荒げる者が一人。
「デュラハン?お兄様こんな者がデュラハンだと言うのですか?ワタクシ断じて認めませんわ!」
それは、プリシラの頭が落ちた時から拳を握って下を向いていたシズカだった。




