第3話 臨戦白雪姫
チュウとネズミが鳴いた。
鼻を盛んに動かして警戒している。
「地震?」
シンデレラはモップ掛けの手を止めた。
小さな波紋がバケツに張った水を揺らしていた。
「こっちにいらっしゃい」
シンデレラはネズミを掬い上げ、自分の肩に乗せた。
「ママが亡くなって、パパは再婚。義理のお姉さまたちはとても意地悪だったの。だから仕方ないよね」
シンデレラはネズミに言い聞かせるように、まるで歌うようにつぶやきながら、モップ掛けを再開した。
「シンデレラ!」
女の声が階段を降りてくる。
シンデレラは歌うのを止めた。部屋の隅に身を寄せて小さくなる。
「シンデレラ!」
勢いよく地下室に飛び込んで来た女が、何かにつまずいて、大きな音をたてて転んだ。
「痛!」
「大丈夫ですか? そこはまだ掃除が終わっていなくて」
シンデレラの美しい声が響いた。
「あの、どなたですか?」
「魔法少女ヒーラちゃんよ。お城の武闘会にあなたを連れて行くために来たの」
蝋燭の光が揺れた。
「ここは暗いわね、待ってて、今明かりをつけてあげるから」
「あ」
シンデレラの息を飲む音が幽かに響いた。
「光の精霊よ、我が道を照らせ。ホーリーライト」
ヒーラの頭上に小さな光球が出現し、地下室を明るく照らし出した。
部屋の片隅にシンデレラが今にも泣きそうに立っている。
「おっと、これは、これは」
椅子には首から血を流した女が座り、白いドレスを赤く染めていた。
テーブルで仰向けに寝ている女の胸にはナイフが刺さり、テーブルの下に血溜まりを作っていた。
入口に倒れている女の横には血の付いたカボチャが転がっていた。
「泣かないで、シンデレラ」
「舞踏会のお誘いは嬉しいけれど、こんな服では行けないわ」
シンデレラは血まみれの服をヒーラに見せると、さめざめと泣いた。
「大丈夫よ、私が魔法でなんとかしてあげる」
「本当に?」
「でも、一つ約束して、この魔法は12時を過ぎると元に戻ってしまうの。必ず12時には戻ってきて」
「わかりました。かならず12時に戻ってきます」
シンデレラは頷いた。
「それじゃあ、はじめるわよ。ビビデバビデブー」
ヒーラはシンデレラの脳天に杖を振り下ろした。
******
今日は年に一度の建国祭。
城下町は大変な賑わいだった。
一番のイベントは、なんといってもお城の舞踏会。
貴族との結婚を夢見る着飾った庶民たちが列をなしていた。
城の裏手に広がる広大な禁域の森から聞こえてくる大きな音と振動に彼らは足を止めて何事かと噂し合った。
地面が揺れる。
小さい子供が母親にしがみつき、地面を指差す。
振動は町の地下から伝わってくる。
次の瞬間、町の一部が割れて、カボチャの蔓が地面から現れた。
蔓から伸ばした「巻きひげ」を、周囲の建物や人に絡みつかせ、急速に成長する。
蕾が付いたかと思うと直ぐに巨大な黄色い花が咲いた。
「随分とフラストレーションを溜めていたみたいね、すごい成長速度」
地下室から上がって来たヒーラは町の惨状を見てほくそ笑む。
「魔法使い様! お助け下さい」
瓦礫の影に隠れていた、美しいドレス姿の女がヒーラを見つけて助けを求めた。
すると巻きひげがスルスルと伸びてきて、女に絡みついた。
「きゃあああ」
悲鳴を上げた女が一瞬にして干からびる。
ヒーラは肩をすくめた。
当然、巻きひげはヒーラも襲うが、その度にヒーラは杖を強かに撃ち付け、撃退する。
大通りは更に阿鼻叫喚地獄だが、ヒーラは気にしない。
カボチャの花が正面に見えるところにやって来たヒーラは、懐から大事そうにネズミを取り出し、キスをした。
「さあ、お前が世界を変えるのよ」
大きく振りかぶってネズミを花に投げつけた。
直後、花はしぼんで腐り落ちる。
花の根元の膨らみが、住民たちから吸い上げた魂を使って急速に膨張する。
ツヤツヤとした薄緑色の膨らみは、あっという間に直径二十五メートルを超えるオレンジ色の球体へと成長していた。
「そろそろね」
ヒーラは小指と親指を立てて、口と耳に当てた。
トゥルルルル、トゥルルルル
『お念話ありがとうございます。こちらは魔女B11号です。魔法に関するお問い合わせは【1】を、姫に関するお問い合わせは【2】を、その他のお問い合わせは【0】を、お願いします』
「ああ、もうめんどくさい! 0よ0」
『おつなぎしています』
手の中の呼び出し音を聞きながら、ヒーラは足先をパタパタと動かした。
『もしもし、誰?』
「私よ私」
『詐欺念話?!』
「ヒーラだってば」
『……冗談よ、愛しい私の分体を忘れるわけないじゃない。今、ちょっと立て込んでいるから手短にお願い』
「シンデレラの準備ができたわ。今から送るから。よろしく!」
『ほんと? ありがとう、愛しているわヒーラ。今度、一杯奢るから、死なないでよね。ちょっと聞いてる? ねえ』
魔女の声はヒーラには届かなかった。
背後から巻きひげがヒーラを貫いていた。
「ごめん。無理そう……」
ヒーラの魔力を吸い上げ、オレンジ色の球体がさらに光輝く。
薄れゆく意識の中、ヒーラはカボチャの中から煌めく外皮を身に纏ったシンデレラが産まれるのを見ていた。
城下町に巨大なシンデレラが立ち上がる。
身長およそ三十メートル。
銀色の髪は神々しく輝き、その肌はガラスのように透明だった。
胸の奥で血色の宝石が心臓のように鼓動している。
シンデレラの耳にヒーラの最期の言葉が響く。
『白雪姫を倒しなさい』
「デュワ!」
シンデレラは胸の前で腕を十字に構えた。




