第2話 血戦白雪姫
白雪姫は、度重なる蘇生の副作用で 十メートルを優に超える怪物 と化していた。
雪のように白かった肌は魔女の毒で緑色に爛れ、ぬるぬるとした液体を常に吹き出していた。
茨姫もまた、百年に渡る呪いの睡眠によって茨と同化し巨大化している。
茨姫は、棘のついた手足を振り回して空中から白雪姫に襲いかかった。
茨姫の鞭のような腕が白雪姫の顔面を打ち据え、棘が皮膚を裂いた。
白雪姫が野太い悲鳴をあげてのけぞる。
茨姫が着地した瞬間、地面が盛大に揺れ、足元の樹々が空中に吹き飛んだ。
衝撃波で森が薙ぎ倒される。
茨姫は長い腕を振り上げ、打ち下ろす。
その度に白雪姫の皮膚が裂け、どす黒い液体が飛び散った。
茨姫が腕を絡め取り、白雪姫を締め上げる。
「ウオオオオオン!」
白雪姫の咆哮が森を震わせた。
締め上げられた胴から、紫色の毒煙が噴き出す。
「ンギャアァ!」
茨姫は熱した鉄に触れたように腕を離した。
その隙を逃さず、白雪姫が巨体からは想像できない速度で踏み込み、拳を叩き込む。
魔樹の樹皮を撒き散らし、茨姫はもんどりうって倒れた。土砂の巨大なカーテンがせり上がる。
「く、百年寝ていたぶん、茨姫の分が悪いか」
上空で観察していた魔女にも、千切れた木々や小石が飛んでくる。
砂煙で視界が奪われ、状況が見えない。
魔女は箒を砂塵へ突っ込ませた。
ブンッ!
茨姫の腕が魔女のすぐ横を通過した。
「あぶな!」
逆さまにひっくり返った茨姫が手足をばたつかせている。
魔女は蝿のように腕を避けながら背後へ回り込もうとした。
白雪姫が茨姫にのしかかり、吠えた。
空気が震え、森に波紋が走る。
砂のカーテンが吹き飛ばされた。
「きゃあ!」
衝撃の余波で魔女が空中に投げ出される。
――え、私、死ぬ?
伸ばした手は箒をかすめる。
体勢を崩し、魔法は使えない。
地面まで十メートル。
一・四秒後には時速五十キロで激突する。
アドレナリンで加速した脳が無駄な計算を続けた。
死を覚悟した瞬間、衝撃が魔女を包む。
だが、その衝撃は驚くほど柔らかかった。
魔女は目を開ける。
茨姫の背部から伸びた触手のような腕が、魔女を受け止めていた。
「ヌギャア!」
白雪姫の咆哮が再び空気を揺らす。
白雪姫の脇腹が裂け、そこから次々に腕が生える。
一本二本どころではない。十四本の腕が胴体に蠢いた。
白雪姫の二本の腕が茨姫を押さえつけ、十四本の腕が一斉に殴りつける。
毒液が雨のように降り注ぎ、茨姫は悲痛な悲鳴をあげた。
「このままではまずい!」
魔女は遅れて追いついた箒に飛び乗る。
茨姫の後頭部すぐ後ろにつけ、何もない空間から青白い一本鞭を引き出した。
「愛の鞭よ!」
鞭が茨姫の背部ポートに接続される。
魔女の魔力が一気に流れ込み、萎れかけていた腕が復活し、さらに新たな茨の足が大量に芽吹いた。
「いけ!」
魔女の裂帛の気合いと共に、茨姫の手足が白雪姫へ一斉に突き刺さる。
白雪姫が動きを止めた。
傷口から毒液が噴水のように噴き出し、周囲の樹々が茶色に立ち枯れる。
茨姫の手足も黒く変色し、腐り落ちる。
だが魔女の魔力がまだ上回っていた。
次々に新しい手足が芽吹き、白雪姫を襲う。
茨姫の悲鳴が可聴域を超えた。
魔女が勝利を確信した、その瞬間――鞭から煙が上がる。
小さな爆発が起こり、鞭が破断した。
「しまった!」
茨姫の動きが止まる。
魔女の魔力で無理やりドーピングされていた体から黒い煙が立ち上った。
一方、穴だらけになった白雪姫も毒液を排出しながら崩れ始める。
口を大きく開け、息を吸い込む。
「く、ここまでか。箒! 脱出よ!」
箒の穂に仕込まれたロケットブースターが点火し、魔女は戦闘領域から打ち上がった。
同時に、白雪姫の口から大量の毒液が茨姫へ噴射される。
黒、紫、緑の煙が濛々と立ちこめ、茨姫の動きは鈍り、やがて止まった。
胸元が腐り落ち、幹の肉組織から生えた可憐な少女がもがき苦しんだ後、パタリと動きを止める。
白雪姫から吐き出された毒液は円形に広がり、樹々だけでなく地中の微生物すら完全に破壊した。
白雪姫自身も例外ではない。
緑色の肉塊となり、禍々しい煙を吹き上げる。
上空から見下ろす魔女は歪んだ顔で嗤った。
「私の勝ちだな白雪姫。不毛となった森で永遠に眠るがいい」
緑色の塊が震えた。
「……なんですって」
肉塊に亀裂が走る。
中から巨大な手が突き出された。
それは、それは美しく巨大な少女だった。
腰まで伸びた髪は黒壇のように黒く、
肌は雪のように白く、
唇は血のように赤い。
巨大な『真』白雪姫が、毒沼の上に佇立した。




