悲願
「魔王様!」
「魔王様だ!」
来られた。
ついに、来られた!
広場に収まりきらないほどの同胞たちが、一斉に歓声を上げる。俺も叫んでいた。叫ばずにはいられなかった!
⋯⋯ああ、なんと素晴らしい御方なのだろう。ゆっくりと、高台へ続く階段を上っておられる。
緑の肌。大きな耳。そして、額から伸びた二本の角。黒き外套を纏った御姿は、俺には何よりも神々しく見えた。あの小さなお身体に、我らの未来がある。
あの御方こそ、神に選ばれし、我らが魔王様だ!
「——聞け、同胞たちよ——」
魔王様が辺りを見渡された瞬間、あれほど騒がしかった広場が、嘘のように静まり返った。
「——皆、知ってのとおり……私は神に選ばれ、魔王となった——」
魔王様の声が響く。
「——私の目的は、ただひとつ。この世界に蔓延る邪悪なる者どもを討ち滅ぼし——」
一瞬の沈黙。
「——我ら魔族による、理想郷を築くことだ!——」
大歓声。
そうだ!
それこそ、我らの願いだ!
人間に怯える必要などない。奪われることも、追われることもない。そんな世界を、魔王様が作ってくださる!
「——我らは、かつて何を奪われた?——」
「……住む場所を!」
誰かが叫んだ。
「家族を!」
「命を!」
次々と声が上がる。その一つひとつが、俺の胸を締めつける。
「——そうだ——」
魔王様が力強く頷かれた。
「——我らは奪われ続けてきた。追われ、蔑まれ、恐れられ……そして最後には、我ら自身が悪であるかのように語られてきた——」
その声は、広場の隅々にまで響き渡った。
「——だが、問おう⋯⋯我らが、いったい何をしたというのだ!——」
誰も答えない。
「——生きるために、住む場所を求めただけではないか!——」
拳が上がる。
「——仲間と共に、生きようとしただけではないか!——」
さらに拳が上がる。
「——それの何が罪だ! それの何が悪だ!——」
「そうだ!」
「俺たちは悪くない!」
「その通りだ!」
広場が揺れる。魔王様は、その声をしばらく聞いておられた。そして、静かに口を開く。
「——かつて、始祖様は人間に追われた——」
歓声が止む。
始祖様。我らの祖。住む場所を失った我らを導き、ひとつの集落を作った御方。
「——始祖様は、皆が手を取り合うことのできる場所を作られた。足りぬものがあれば分け合い、困った者がいれば助け合う。そこは、とても美しい村だった——」
ああ。なんと素晴らしい話だろう。俺たちは、そんな場所から始まったのだ。
「——力の強い者が、弱き者を踏みにじることもない。多くを持つ者が、持たざる者を見捨てることもない。誰もが隣人を信じ、明日を恐れることなく眠ることのできる場所だった——」
そんな世界が、本当にあったのだ。ならば、なぜ、それを失った?
「——だが、始祖様を妬む者が現れた——」
魔王様の声が、わずかに震えた。
「——その者は、あろうことか始祖様を陥れ、罪を着せた。そして、始祖様を追い出し、その座を奪った——」
怒りが込み上げてくる。許せない。そんなことが、そんなことが許されていいはずがない。
「——その男こそ、先代の魔王だ……!——」
魔王様の目に、涙が浮かんだ。
……ああ。この御方は、我らの痛みを知っておられる。始祖様の無念も。俺たちが受けてきた苦しみも。すべて、その胸に抱いてくださっているのだ。
「——始祖様は、この辺境の地に追いやられた。我々もまた、始祖様とともに移り住み、長き時を経てもなお苦しみ続けた——」
魔王様は涙を拭おうともせず、続けられた。
「——だが、もう終わりだ。先代魔王は滅び……そして、私が選ばれた——」
魔王様が、空を見上げた。
「——これは偶然ではない⋯⋯神は、我らを見捨ててはいない!——」
歓声が爆発した。
「——神は、我らの苦しみを知っておられる! 我らが流した血を知っておられる! 我らが奪われた故郷を知っておられる!——」
魔王様の声が、さらに大きくなる。
「——だからこそ、神は私を選ばれたのだ!——」
そうだ! 神は、魔王様を通して我らに答えを示されたのだ!
「——我らは、もう逃げぬ! もう怯えぬ! もう奪われぬ!——」
魔王様が両手を広げる。
「——今こそ、残虐なる人間どもを! 裏切り者どもを討ち滅ぼし! 誰も我らを追い出さぬ世界! 誰も我らを踏みにじらぬ世界!――」
胸が熱くなる。涙が溢れてくる。
「――我ら魔族の! 魔族による! 魔族のための!――」
同胞たちが拳を掲げる。
「——千年王国を、築き上げるのだ!——」
「「魔王様、万歳!」」
「「魔王様、万歳!」」
「「魔王様、万歳!」」
ああ! これが、我らの時代だ。もう誰にも奪わせない。もう誰にも踏みにじらせない。
魔王様がいる。神が、我らを選んだ。ならば、恐れるものなど何もない。俺たちは、ようやく取り戻すのだ。始祖様が築かれた、理想の世界を!
我ら、真の魔族の手で!




