すべてを知る魔女
(へえ、あれが魔女? 頭悪そうなツラだな)
(魔王を崇拝する危険人物だって。あんなガキが?)
(かわいそうに、頭がおかしいのね……)
(うわっ、ションベンくせえ!)
通り過ぎていく人たちの声が聞こえる。いやな言葉ばっかりで、耳をふさぎたくなるけれど、できない。それに、耳をふさいでいても、きっと聞こえてしまうんだと思う。
わたしは、広場で鎖につながれていた。手を動かすと、じゃらじゃらと音がする。
たくさんの人が歩いている。買い物をしている人も、友達と話している人も、みんな一度は、わたしを見る。目が合うと、すぐに逸らす人もいたけど、指をさして笑う人もいた。
小さな子が「あの人、死ぬの?」と聞いて、お母さんに口をふさがれていた。わたしは明日の朝、火あぶりになるんだって。すごく熱くて、すごく苦しいらしい。……いやだなあ。
足元を、小さな羽虫が歩いていた。石畳の隙間をちょこちょこ進むと、今度は空へ飛んでいった。どこへ行くのかな。そんなことを考えていると、少し離れたところで、誰かが立ち止まった。
顔を向けると、フードを被ったお姉さんと目が合った。なんだか、落ち着いていて、きれいな人だなと思った。
その瞬間、お姉さんのことが頭に入ってきた。歩いてきた場所。出会った人。見たもの。聞いたこと。全部わかる。
でも⋯⋯あれ、なんか、変⋯⋯お姉さんが今、何歳なのか……何回、死んだのか。どうして?
「すごい……ずっと生きてる……」
お姉さんの目が、大きく開いた。
「あ……」
声に出しちゃった。お姉さんが、こっちへ歩いてくる。そして、わたしの顔の近くまでしゃがみ込んだ。
「あなた……分かるの……?」
少しだけ、声が震えていた。
「うん」
わたしは頷いた。
「わたし、何でもわかるから……」
お姉さんの頭の中が、ぐるぐるしている。びっくりしてる。どうして分かるのかなって、考えてる。それから、わたしのことを心配してる。
お姉さんは何も言わずに、じっとわたしを見ていた。その顔を見ていたら、胸がきゅっとした。どうしてだろう。
……あ。分かった。お姉さんが、悲しいからだ。
「おい、過度な接触は控えろ」
見張りの兵士さんが、冷たい声で言った。お姉さんが顔を上げる。
「すみません……」
そう言って立ち上がった。もう一度だけ、わたしを見ると、人のいっぱいいるほうへ歩いていった。
でも、わたしにはお姉さんの心が聞こえていた。『また夜中に来よう』って。わたしは、お姉さんの背中を見つめた。
夜中って、いつだろう。もう一度会えるのかな。なんだか、少しだけ楽しみになった。
◇
「起きていたのね」
「うん。寒くて寝れないの」
夜の広場はまっくら。ちょっとだけだけど、見張りの兵士さんはいなくなる。お姉さんは、わたしのそばに座って、背中をさすってくれた。
「パンを持って来たわ。食べられる?」
いい匂いがする。でも、食べたいとは思わなかった。
「ごめんね。お腹が空かないんだ」
「そう……」
お姉さんは少し残念そうにパンをしまった。
しばらく、何もしゃべらなかった。お姉さんの心の中には、いっぱい質問があった。どうして自分のことが分かったのか。どうして自分はこんな体になったのか。どうすれば死ねるのか。死んだ人に会う方法はあるのか。たくさん。
でも、お姉さんは、全然違うことを聞いてきた。
「あなたは、どうしてこんなことに?」
「本当のことを言ったからだよ」
お姉さんは、目をぱちくりさせた。
「知ってる? 今の魔王さんは、優しいんだよ」
そう言うと、お姉さんの顔が、少しだけ険しくなった。
やっぱり、お姉さんも知らないんだ。わたしは、魔王さんは最悪だって教えられていた。前の魔王さんは、本当にひどかったみたい。でも、今の魔王さんは違う。
「だから、わたしみんなに言ったの。今の魔王さんならお話できるよ。みんなで仲良くできるよって」
「……そしたら?」
「シスターから、嘘をつくなって⋯⋯怒られて。お城に連れてかれた」
でも、わたしは嘘なんてついてない。ちゃんと話せば分かってくれると思った。
「だから、他のことも色々しゃべったの。そしたら、またみんなが怒りはじめて……」
どうしてみんな、嘘をつくんだろう。一番わからなかったのが、王さまが世界を救った勇者さまの子孫だって言ってたこと。勇者さまには、子どもがいなかったんだよ?
「いつから、全部分かるようになったの?」
「女神様が来てくれたの。わたしが〈すべてを知る者〉に選ばれたって」
「〈すべてを知る者〉……?」
「うん。未来のこと以外は、全部わかるの。だから、お姉さんのこと、すぐにわかったよ。お姉さんも女神様から選ばれたんだね」
お姉さんの頭の中が、またぐるぐるしている。それなのに。
「あなたは、みんなと仲良くしたいのね……」
わたしの頭を撫でてくれた。手があったかい。こうやって頭を撫でてもらうのは、久しぶりだった。……気持ちいいなあ。
「……うん。お母さんも、みんなと仲良くしなさいって」
「でもね、言っちゃいけないこともあるわ」
「うーん。わたし、嘘ついたら死んじゃうんだって。この力の代わりに」
お姉さんの手が止まった。わたしは慌ててつけ足した。
「あっ、でも、大丈夫だよ。わたし、嘘つくの下手だし。嘘ついたらダメって、お母さんに言われてたから⋯⋯お母さん、もう死んじゃったけど⋯⋯」
お姉さんは、とても悲しい顔をしていた。
⋯⋯なんて優しいんだろう。お姉さんは、聞きたいことがいっぱいある。それなのに、わたしのことを一番に考えてくれてる。
だから、わたしは聞かれても、教えられないよ。お姉さんが聞きたいことの答えは、きっとつらいことだらけ。
わたしは、お姉さんのことが好きになっていた。だからだと思う。ずっと不安に思っていることを、言わないとしょうがなかった。
「わたしね。明日、火あぶりになるんだって。苦しいんだって。⋯⋯いやだなあ」
お姉さんは、わたしの頭から手を離した。代わりに、わたしのおでこにキスをして、それからぎゅっと抱きしめてくれた。
「⋯⋯嘘、ついてもいいわよ」
お姉さんの声は、震えていた。
「⋯⋯いいの?」
「……ええ。私が何でも許してあげるわ」
お姉さんは、泣いていた。私のために。
私も涙が溢れてきた。あったかいなあ。お母さんみたい。
「お姉さん」
「なあに?」
「わたしのこと、覚えててほしいな。それで……またいつか、こうやって抱っこしてほしいなあ」
「分かったわ」
お姉さんは、わたしを強く抱きしめた。
「目が覚めたときには、みんな仲良くなっているわ。きっとその世界で、また会いましょう」
「うん」
ありがとう。
ありがとう、お姉さん。
こんなにあったかいの、久しぶり。
「わたし、今……」
お姉さんの胸に顔を埋める。
「幸せじゃないなあ……」




