5話 妹セシーリアと伯爵令嬢オリビア視点
セシーリアの姉であるイザベルは、とても美しく聡明で優しい女性。
令息からの熱い視線を集め、令嬢からは羨望の視線を集める美姫と呼ばれた令嬢。
そう社交界では褒め称えられていた。
今のイザベルは家族にも婚約者にも疎まれている。
家族はセシーリアだけを溺愛し、姉のイザベルをいない者扱いしていた。
姉の婚約者である王太子殿下は浮気をし、姉を無視して放置している。
ざまぁみろ
私は姉が大っ嫌いだ。
物心ついてから、ずっと姉と比べられ生きてきた。
幼い頃は美しく優しい姉が大好きでいつも後を追っていた。
姉は泣きながら後を追う私を待ってくれて優しく手を繋いでくれた。
雷が鳴る夜は一緒に寝てくれた。
大好きで憧れた姉だった……。
成長するにつれ、私は自分の醜さを自覚してしまう。
大きくなり家族以外の人と顔を合わせるようになると、姉と比べられるようになった。
優しく美しい姉をずっと慕っていたから、比べられても気にすることはなかった。
だって、あの完璧な姉なのよ?勝てるわけないじゃない?そう思っていた。
あの方が姉を慈しむ視線に気が付かなければ………。
あの方をずっと見ていたから私にはわかる。
あの方の視線の意味を。
姉さえいなければ⋯⋯。
あの方のあの熱い眼差しは、私に向けられていたはず。
お父様に婚約をお願いしても、許しては貰えなかった。
姉が王家に嫁ぐため、私まで王族と婚約する事は政治的な理由で許されない。と……。
姉なんかいなくなれば良い。
嫌われれば良い。
大好きだった姉が大嫌いになった瞬間だった。
それから私はずっと、ずーっとそう願っていた。
いつか私が姉を蹴落としてやる。
あの方の意識を私に向けてみせる。
私はそれだけを毎日願っていた。
その機会は姉が王太子殿下と婚約して直ぐにやってきた。
公爵家の宝物庫に母から頼まれた宝飾品を取りに行った時だった。
ふと、ピンクの液体の入った小瓶が目に入る。それを手に取り見てみると、キラキラした液体が入っていた。
小さな紙には、説明書きがされている。
【この液体を飲み望みを口にすると、言霊の魔術が発動する。その祈りは必ず成就される】
そう書かれていた。
私は姉を貶める為に使えないか⋯⋯。
そう考え、小瓶と説明書きをポッケに入れた。
私は小瓶をお守りのように感じ、肌見放さず持っていた。
イザベルに会いに我が家に訪れた殿下が庭で一人呟く言葉を耳にした。
「イザベルの笑顔を封じれれば、誰もイザベルを見なくなるのに……」
そう呟いた。
これは絶好の好機だと感じたセシーリアは、殿下にこっそり小瓶を渡すことにした。
「殿下、姉の笑顔を封じることが出来ますよ?」
殿下にそう囁いた。
説明書きは渡さず、その場で読んでもらい返して貰った。小瓶も空になったら返して貰う約束もした。
殿下は一瞬悩んたが、小瓶を握りしめ帰って行った。
暫くすると私の手元に空になった小瓶だけが返って来た⋯⋯。
私は小瓶を見つめた。あの方との未来に光りがさしたようで気分が高揚するのを感じた。
空になった小瓶を箱にしまい机の引き出しに入れた。
肌見放さず持っていたお守りをしまう。
もう私にはお守りは必要ないから。
あれが本物であれば、姉は笑えなくなる。
そうなれば周りはどう変わるのか⋯⋯。
想像するだけでワクワクが止まらなかった。
暫くすると、笑わなくなった姉からは徐々に人が離れて行った。
両親もいつしか笑わなくなった姉を疎み、いない者として扱い私だけに愛情を注いでくれるようになった
王太子殿下も姉に会う頻度も減り、学園に入る前からオリビア様と仲睦まじくしている。
いくら美しかろうと、殿下の婚約者であろうと、今の姉の惨めさを心の中で笑ってやった。
殿下からのお茶会や夜会のお誘いの文を全て捨てたのは私。
姉が王太子殿下から捨てられる見世物を楽しみながら、晴れやかな気持ちで見物した。
これで私の心はやっと穏やかになる。
あの方の想いを私が受け止める。
大嫌いな姉がいなくなり、わたしは幸せになれる。
そう思っていたのだ⋯⋯。
✿オリビア伯爵令嬢視点
伯爵令嬢の私が殿下の恋人となり、殿下の婚約者を押しのけて新たな婚約者となった。
公爵令嬢であり美しいイザベル様を下に見て、殿下から言い渡される婚約破棄を眺めるなんて、爽快としか言いようがない。
幼い頃、イザベル様の劣化版と言われていた事は、一生忘れはしない。
「イザベル様に似てはいるけれど、足元にも及ばない」
「オリビア嬢のあの笑顔はイザベル様の劣化版だ」
お茶会でイザベル様と一緒になる度に、私は比べられた。
私は幼い頃から令息に言い寄られていた。
それは気分が良く、令嬢達から嫉妬の眼差しを受けても痛くも痒くもなかった。
「私の方が可愛いのだから仕方ないじゃない?」
嫉妬する令嬢達に言った事もあった。
現実を知ったのは王都に戻ってからだ。
地方の貴族は、学園の入学が近くなるまで領地が隣接する貴族と交流する事が多い。
王都に住む貴族とは、学園前にしか顔を合わせることは無い。
地方で容姿が優れていても、王都に住む令嬢達との差は明確だった。
王都の貴族から「イザベル様に似ている」
そう言われ、イザベル様を初めて見た時は本物のお姫様だと……そう思うほどにイザベル様は全てが洗練されていた。
そして、領地で交流のあった令嬢達を敵に回した事にお茶会に参加した時に気が付いた。
「イザベル様の劣化版」
そう言い始めたのは、領地で見下していた令嬢達だった。
イザベル様の劣化版だと、馬鹿にし嘲笑っていることに気が付いたけれど放置した。
殿下と親交を深めるようになると、どうでもよかった。
「オリビアの笑顔は可愛い」
「癒される」
「イザベルよりオリビアと話す方が楽しいよ」
そう言われ、嬉しさで泣きそうになる。
これでイザベル様や私を馬鹿にした令嬢を見返せる。
だって劣化版が本物に勝ったのよ?どちらが劣化版なのか、殿下が証明してくれる。
殿下から紡がれる甘い言葉と高価な贈り物。
イザベル様が目の前で婚約破棄をされ、殿下が私を選んでくれた。
酔いしれるには十分だった。
今夜の夜会は殿下の婚約者となってからの初の夜会。
アーネス殿下に優しくエスコートされ、沢山の貴族からも祝福を受けた。
高位貴族ですら、私に媚を売る。
劣化版と私を見下した人も、私の顔色を伺う。
私はその人達を無視して殿下と夜会を楽しんでいた。
心地良い気持ちに浸っていると、他国の使者の方々から次々と挨拶を受けた。
私は異国の言葉は余り解らない。
殆どが聞き取れずにいた。でも殿下がいるのだから大丈夫!と、微笑みながら殿下に視線を向けると、殿下の顔か強張っていた。
殿下と使者の会話が通じあっていないのは、会話の様子で何となく解った。
使者が呆れ顔で一瞬だが視線を殿下に向けたからだ⋯⋯。
時折会話の最中に「イザベル」の名前が使者の方々から出てくる。
不愉快ではあるが、使者に失礼は出来ない為に黙って聞くしかなかった。
言葉を口にしない私と殿下を、使者達は早々に見捨て夜会から退席してしまった。
その様子を見ていた貴族達が、話の種にし会話を弾ませていく……。
私は居心地悪く夜会を退席した。
会場を抜けると、殿下が追いかけて来てくれた。
私を気にかけて追いかけてくれたのだと。
「なぜ退席する!なぜ私の補佐をしないのだ!」
私を心配し、追いかけてくれた!
そう喜んでいた私にかけられた言葉は、私を非難する言葉だった。
「なぜ私が殿下の補佐をするのです?私は他国語は話せませんよ?殿下こそ国を背負う方です。他国語くらい話せて当然では?」
非難された私は苛立ち、殿下に嫌味を返した。
「私は他国語が苦手なのだ。イザベルは私を立て影から通訳をしてくれていた。オリビアとの付き合いの中でも、ちゃんと説明したはずだ。貴女は他国語は得意だから大丈夫だと。そう言ったではないか!」
(確かに見栄を張ってそう言ったわ。でも、そんな事で私を非難するの?私を婚約者にしたのは、他国語が出来る前提があったからとしか受け取れない……)
「他国語は書く事は得意です。ですが、会話を得意とは申していませんよ?私が他国語が出来なければ、殿下は私と婚約しなかった様に聞こえますが……そうなのですか?」
他国語は得意(翻訳が)であり、会話が得意とは口にしていない。
私が殿下にそう問いかけると、プイっと顔を反らしそのまま立ち去ってしまった⋯⋯。
(嘘でしょ?否定しないの?)
私は呆然としたまま、立ち去る殿下の背中を見つめていた⋯⋯。
それからは少しずつ殿下と距離が出来てしまい、顔を合わせる回数も減っていった。
殿下は執務が忙しいと、学園にも午後からしか来られない。
最後に会話をしたのはいつだったか。
すれ違うなか、私は学園が終わると王子妃教育を受け始めた。
殿下との関係がどうであろうと、王家へ嫁ぐための教育は免除されることはなかった。
教師陣は厳しく容赦なかった。出来なければ課題を出され夜遅くまで時間を要した。
あまりにも辛く反論するも
「イザベル様はずっと何年も学んでこられました。そのお方より優れているとお聞きしていましたが………」
その先を聞きたくなかった。
イザベル様より劣る。その言葉を。




