3話 アイマー王国からエイザエル帝国へ
クレメンは執事にイザベルの事を任せ、早朝ではあったが王宮へと足を運んだ。
馬車の中でイザベルについてさらに詳しく書かれた影からの報告書を読む。
その内容は、どこを切り取ったとしても不愉快としか思えないないよなだった。
(それにしても、短い時間でよくここまで調べたものだ)
影の仕事の素晴らしさに褒美を何にするかを考えていると、馬車がゆっくりとなり王宮に着いた事を伝えられる。
両陛下への謁見を伝えると、直ぐに許可が降りる。
当然である。
我が国の方が国力は遥かに格上。
大陸一なのだから。
謁見のために案内された部屋は無駄に装飾品が飾られたギラギラ眩しい応接室だった。
(賓客のための部屋だとしたら趣味の悪い……)
クレメンは心の中で呆れ返っていた。
「クレメン殿、早朝から如何さ
れたのですか?」
応接室に入り対面のソファーに座ると、国王に直ぐに問いかけられた。
「急ではありますが、本日自国に帰る事になりましたので挨拶をと思いまして」
そう伝えた。
さっさと帰りたいクレメンは、説明する事すら面倒だった。
黙って帰国も出来たが、彼女とのこれからを考えればきちんとした方が良いと考えただけに過ぎない。
「なっ!そんな!まだ留学して半年も経っておりません。卒業まであと半年ではありませんかっ」
国王は慌てて立ち上がると、クレメンを引き留めようとする。
「何か不都合な事でもありましたか?改善するように手配致しますゆえ、何なりとおっしゃって頂ければ」
ギラギラ眩しい衣装を身に纏い、クレメンを引き留めようとする国王の媚を売る姿に辟易とする。
「敢えて言うならば、昨夜の夜会の見世物が不愉快。だからでしょうかね?」
クレメンは嫌味を込めて小さく笑い、言葉にする。
「その……あれは、致し方ないと⋯⋯」
王妃がそう口にするが、クレメンは王妃の言葉に苛立った。
「仕方がない?大衆の面前で婚約破棄を口にする事が仕方ないと、そう思われるのですか?
婚約は家門と家門を結びつけ血筋を守り、また領地領民を守る為にあるもの。
その大切な婚約を見世物にする事が仕方ないと。そう言われるのですね」
両陛下は口籠り、何も言い返せない。
「同じ女性として、大衆の前で婚約破棄された令嬢の先行きを心配なさらないのですか?
笑えない⋯⋯。
ただそれだけで、一生を犠牲にしなければならない程の罪が、彼女にありましたか?」
王妃はクレメンの言葉にハッとなるが、自身の息子が行った愚行を考えると何も言えない。
可愛い息子を否定出来ないのだろう。
王族として相応しくない。
「彼女は王太子妃として、未来の王妃として十分な資質を持っている。
少し調べただけで素晴らしい女性だと解る。
笑わない?それが何の問題があるのです。
ご自身の息子の浮気を正当化したいだけにしか見えませんよ?
王太子殿下の執務を全て行う彼女は、学園すら通えていない。その間、王太子殿下は何をしていたか知っていますか?」
呆れた声で両陛下を問いただす。
知らないとは言わせない。
息子可愛さに、彼女を良いように使っていたのを知っているからだ。
「息子可愛さに彼女を犠牲にするような国に興味はない!この先、我が国との友好国関係は維持されない。この事を全て私が皇帝陛下に伝えますので」
話は終わりと、応接室を出ようとするが後ろから聞こえる両陛下の嘆願の声が煩い。
「そうだった。彼女が笑えなくなった理由を知っていますか?」
振り向いて両陛下に問いかけた。
両陛下はお互いを見て首を振る。
「彼女は王太子殿下に【言霊】の魔術をかけられていました。【笑うな】と、縛りをかけていたようですね。
ご自分で笑う事を禁止しておきながら、笑わないからと婚約破棄。
随分とご自身の都合の良いことをなさる。
彼女の【言霊】は、私が解除しましたから今の彼女は可愛らしく、美しく笑いますよ」
そう告げると、クレメンは振り返る事なく応接室を出た。
イザベルの魔術を解除した時に、王太子の魔力だと解っていた。
たが彼女にはその事実を教えない。
彼女の愛らしい笑みを見たら、王太子が手放す訳がないからだ。
この国を出るまでイザベルには何一つ伝えない。
影が調べ上げた事で、魔術具を誰が王太子に渡したのかも⋯⋯知っている。
クレメンが邸に戻ると、イザベルが目を覚ましていた。
執事には急ぎ国に帰る旨を伝えてある。
邸は今は慌ただしい荷造りの音が響いている。
「おかえりなさいませ」
小さく微笑み、出迎えの挨拶をしてくれる。
その可愛さに、胸が張り裂けそうだ。
「ただいま戻りました。騒がしくて目が覚めましたか?」
こちらに歩いて来たイザベルを抱きとめ、優しく頬を撫でた。
「いえ。騒がしくはなかったですわ」
また可愛らしく微笑むイザベルに、クレメンは聞いてみたいことがあった。
手を差し出しイザベルをエスコートしソファーに座らせる。
「聞きたい事があるのですが、質問しても?」
イザベルはクレメンの目を真っ直ぐに見て頷いた。
「イザベル嬢は、婚約者であったアーネス王太子殿下を好いていましたか?
勿論、異性としてです」
私が一番気になる事を聞いてみた。
イザベルは暫く考えていた。
アーネスの事を思い出していると思うと腹が立つが、クレメンは平静を装い我慢をする。
「幼き頃は確かに好意がありました。ですが、ここ数年は好意は無かったと思います。ただ、いずれ結婚する相手だと。そう捉えていただけです⋯⋯」
少しだけ悲しそうな彼女に苛立つが、ここも我慢しなければならない。
腹にグッと力を込め、感情を抑え込む。
「公爵家や様々な人間関係を含め、この国に未練はありますか?」
クレメンは率直に聞いてみる。
「公爵家でも私の居場所はなく、学園に入る前から殿下からは疎まれていました。そんな私に近付く人はおらず、学園にも通えず人間関係を繋ぐ事は出来なかったですね」
淋しそうに語るイザベルは儚く微笑む。
誰一人としてイザベルに寄り添わなかったのか⋯。
辛く淋しいに決まっている。一人で戦うには相手は王族であり敵うはずもない。
(諦める以外、選択肢は無かったのだな⋯⋯)
「それならば、遠慮なく貴女を攫って行けますね。私と共に隣国に行って貰います」
イザベルの手を取り、指先に口付けを落とす。
「貴方様のお名前をお聞きしていないのですが、何と呼べは宜しいのでしょうか⋯⋯」
その言葉で、自身の失態に気が付いた。
「申し訳ありません。名前すら名乗っていませんでしたね。
私はクレメン・エイザイル。エイザイル帝国の皇太子です」
クレメンの名前を聞いたイザベルは瞬時に身を引いた。
引いた体をクレメンが強引に引き寄せると、イザベルは胸を強く押し戻す。
「お戯れは良くありません。貴族でない私では、貴方様の側にはいられません!」
逃げようとジタバタ暴れるイザベルをクレメンが無理やり抱き込んだ。
「私が貴女が良いと決めたのです。この国の令嬢でなくなったのならば、逆に有難いくらいです。皇帝である父上と母上は絶対に反対はしない」
クレメンは抱き込んだイザベルの瞳を覗き込み話を続ける。
「私が好いた相手ならば身分は問われない。国に帰れば貴女を養女にと希望する貴族で溢れかえるでしょう。大丈夫です。私が守り抜きます。一緒に行ってくれますね?」
イザベルはクレメンの瞳の奥にギラリと光る何かを見付けてしまった⋯⋯。
(きっと、この人からは逃げられない⋯⋯。そもそも今の私には逃げる場所もないけれども)
イザベルは覚悟を決めるしかなかった。
先程の指先の口付けで、クレメンが女性慣れしている事が解る。
(「連れて行く」そう彼は告げた。それは、私が彼の何かになるからかしら?
公爵令嬢でなくなった私が皇太子である方の正妻や側室になどなれるはずがない。
でも……例え愛妾や愛人になったとしても、生きる術がない今の私には都合が良いのかもしれない。
いえ、やっぱり駄目よ。皇太子殿下の婚約者の方に、私と同じ気持ちを味わわせる訳にはいかない。
生きる場所は欲しいけれど、オリビア様のような立場に私はなりたくはない⋯⋯)
イザベルは考え抜いた結果、一人で生きて行く事を決心した。
「大変有難いお話ではあります」
イザベルがそう口にし、クレメンと向かい合う。
「私は誰かを傷付けてまで生きたいとは思わないのです。一人でも生きて行く手立てを探します。貴方様に付いていく事はお断り致します」
イザベルが頭を下げるが、クレメンにはその意味が解らない。
(誰かを傷付けるとは、どういう意味か………)
「誰を傷付けると?」
問いかけると、イザベルは話しにくそうに、小さな声でクレメンにとってとんでもない事を口にした。
「その⋯⋯。私のような者が皇太子殿下の近くにいれば、婚約者様が悲しみますし不愉快になりますわ。それに⋯⋯私自身、オリビア様のような立場にはなりたくないのです⋯⋯」
「イザベル嬢。私には婚約者はおりませんよ?皇太子だから必ずしも婚約者がいる訳ではありません。私は自分で婚約者を見付けて良いと、両親にも許可を得ています。何故婚約者がいると勘違いを?」
そう話をすると、イザベルは驚いている。
確かに皇太子妃になる為の教育は早い方が良いが、帝国は想い人を妻にする者が多い。
理由は、家庭を大切にする方が良い働きをするからだ。
好いた相手を大事にしたいと、仕事や任務に励む。また妻もそんな夫を支える為に家政をきちんと熟すのだ。
皇室とて同じようなものだ。
皇帝と皇后の仲の良さが国の繁栄に繋がる事は、民が一番理解している。
イザベルの勘違いをきちんと正す為に、なぜそう思うのかクレメンは聞いてみた。
「えっと⋯⋯。女性慣れしてらっしゃいますし⋯⋯。その…女性の扱いがお上手でしたので、婚約者様かもしくは恋人様がいるのではないかと⋯⋯」
段々声を小さくしながら、イザベルは話を終えた。
イザベルは居心地悪いのか、視線をススーと外して行く。
「女性の扱い。ですか⋯⋯」
クレメンはため息交じりに呟いた。
(女性に触れたのは彼女が初めてなのだが、今それを伝えても納得しないであろう。
まぁ、国に帰れば周りの反応で理解してくれる筈だ)
「婚約者はいませんし、過去にも恋人はいません。貴女を連れ去る事をするのに、そのような人がいればしませんよ?」
(遊び人を払拭する事は今は出来ないが、不誠実な男では無い事だけは理解してもらいたい)
「申し訳ありません。」
ポツリと呟いた彼女は、何やら思案しているようだった。
彼女の何がそう悩む事になるのか問いただそうとしたが、扉のノックで会話が終わる。
「帰国の準備を終え、何時でも出立出来ます。」
扉の外から執事が報告する。
「解った。直ぐに出る。」
クレメンはイザベルを抱きかかえ、部屋を出た。
二階から降りると、従者や騎士が並び出迎える。
玄関を抜けると帝国の紋章がついた馬車があり、それにイザベルを抱えたまま乗り込む。
イザベルを席に降ろし、クレメンは隣に腰を降ろした。
「公爵家に大切な物があるならば取りに寄りますよ?」
そう聞いたが、イザベルは首を横に振るだけだった。
馬車はゆっくりと進み走り出す。
イザベルは王都の街並みを静かに眺めているが、感情がない目をしながら、ただ風景画を見るように眺めているようだ。
(何も思い入れの無い国。大切な物が無い邸。彼女の今迄の苦労がこの事で全て解る)
クレメンはイザベルを引き寄せ、抱きしめた。
大丈夫だと伝えたくて。




