2話 攫ってもいいよね イザベル・クレメン視点
※ イザベル視点
これからの事を考えなければ⋯⋯。
考えなければならないと思うも、考えても何も答えが出てこない。
これからどう生きるのか、何度も同じ事を考える⋯⋯。
ぼーっとなる思考を無理に叩き起こしていると、突然目の前に人が降って来た。
(この方、空から降りてきたわよね?)
思考がはっきりすると、目の前の男性は私をじっと見つめ観察しているようだ。
私も同様に観察してみる。
してはみるが、誰かは解らない⋯⋯。
学園にいたのかもしれないけれど、私は殿下の執務全てを熟していたので、学園には通えていない。
公爵家から籍を抜かれ既に貴族ではないイザベルは、この人が誰であろうと関係ない。
除籍され貴族ではない以上、イザベルは平民となる。
目の前の人物は、服装や佇まいを見る限り高位貴族であろうことが解る。
イザベルは失礼が無いように一礼をすると、男性から逃げる事を選んだ。
立ち去ろうとするイザベルに、男性が優しく声をかけてきた。
無視する事も出来たのかもしれないが、貴族籍を抜かれ平民になったイザベルは逆らう事は許されない。
逆らえば殺されてしまう可能性もある。
何の為に生まれたのか⋯⋯。
とは思うけれど、別に死にたい訳では無い。
何と答えて良いか解らず、無意識に出た言葉は、
「どこに行けば良いのでしょうか⋯⋯」
イザベルはポツリとそう答えていた。
「王宮の中とは言え一人では危険です。私が邸まで送りますよ?」
彼の言葉に、イザベルは首を振る。
帰る家など、もうどこにも無いのだから⋯⋯。
「事情がおありですか?」
イザベルは少し考え、コクリと頷いた。
「私はもう貴族ではなくなりました。貴方様と会話をする事すら許されないのです。ご容赦下さいませ」
イザベルはカーテシーをし、離れようと再び歩き出す。
「貴族で無くなるとは、どう言う事です?貴女程の美しい女性を手放す馬鹿が、この世にいるとでも言うのですか?」
彼の明け透けな言葉を王太子殿下が聞いたら怒りそうだ。
私を手放したのは、王太子殿下。
ならば、王太子殿下を馬鹿だと言うのかと⋯⋯。
想像してみると可笑しくなり、クスリと笑った。
「笑った顔すら美しいのですね」
彼の発した言葉に、わたしは固まってしまう。
(笑った?私が?!)
「笑った⋯のですか?私が⋯⋯笑ったと?」
イザベルの声が震える⋯⋯。
(笑えないはずの私が笑ったと、この人は言ったわ)
「ええ、可愛らしい笑顔で笑われました」
クレメンは優しい笑顔でイザベルにそう告げた。
「笑えたのね⋯⋯」
イザベルの頰を伝う雫をクレメンがそっと拭う。
イザベルの涙を拭いながらクレメンが甘く優しい笑顔と声で誘う⋯⋯。
「事情を話してみませんか?貴女は言霊の魔術に縛られていました。私が解除したので縛りが解けたのでしょう。
美しい貴女を誰かが手放すと言うのなら、私が手に入れても?」
返事を聞く事もなくクレメンはイザベルを優しく抱きしめ、包み込む。
初めて人から抱きしめられたイザベルはその温もりに身を委ねた。
(言霊とは何の事なのか⋯⋯彼に尋ねたいのに、目を開けていられない。
言葉を出す事も億劫になってしまった……)
イザベルは抱きしめられたまま、温かな彼の腕の中で意識を手放していた⋯⋯。
※ クレメン視点
彼女を傷付けた誰かがいる。
私は影を呼び、彼女の素性を調べさせた。
意識を失った彼女を抱きかかえ、急ぎ馬車に乗り込む。
目を閉じ眠る彼女の美しい顔をずっと眺めた。
彼女の紅い瞳を思い出すと、身震いする。
彼女の燃えるような紅い瞳に映る自分を見付けた時の歓喜を、どろりとした感情が覆いつくす。
(彼女の瞳に映るのは私だけで良いのだ。他の者は映させない)
一瞬でクレメンはイザベルの虜となった。
(彼女に溺れる自分も悪くない⋯⋯)
自身の腕の中で眠るイザベルの可愛らしい唇にそっと口付けを落とす。
許可のない口づけをするなど、これまでのクレメンでは有り得ない事。
湧き上がるどろりとした感情を制御するつもりは無かった。イザベルを存分に味わい尽くす頃、滞在先の邸に到着した。
執事にイザベルの着替えを一通り用意するように伝えた。
今は時間がないので仕方ないが、次からは私の選んだ衣装を着てもらおう。
抱きかかえるイザベルの衣装の事を考えるだけで、楽しくなる。
イザベルを抱えたまま自身の部屋へと入ると、侍女がやって来た。
クレメンは自身の寝台にイザベルをそっと横たえると、とりあえずドレスを脱がせ私の服に着せ替えさるように指示を出した。
その間にクレメンは衣装を脱ぎ、早々に着替えを終え部屋に戻る。部屋に戻ると侍女達はおらず、イザベルが一人寝台で眠っていた。
ベッドに近付き眠るイザベルの寝顔を暫し堪能する。
目覚めて驚くであろう紅い瞳に私が映る為にも一緒に寝てもらう。
クレメンはベッドに潜り込むと、寝台に横たわるイザベルを引き寄せ抱きしめて眠りについた。
もぞもぞと動くイザベルにクレメンは意識を向けた。
温もりを確かめるように腕を伸ばし抱きしめるイザベル。クレメンの胸に頬を寄せ、一つ息を吐くと穏やかな寝息をたてる。
(ふふ……。可愛らしいな)
可愛らしい事をするイザベルを絶対に手に入れる為に、先ずは何をすべきか考えを練っていく。
※ イザベル・クレメン視点
イザベルは温かい何かにもっと触れていたくて、温もりを探しながら手を伸ばす。
すると、手を握りしめられた感覚がした。イザベルの意識がゆっくりと浮上する。
薄っすら目を開けると、目の前に男性がいる⋯⋯。
「えっと⋯⋯?」
ぼんやりする思考から必死に思い出す。
(確か夜会でアーネス殿下に婚約破棄されて、会場を出てから目の前の彼に声をかけられた⋯⋯?そして抱きしめられ…た⋯⋯。その後は……)
イザベルの意識がハッキリと覚醒した。
「申し訳ありません」
イザベルは直ぐ様起き上がり頭を下げ謝罪をする。彼の手が伸びてイザベルの顎を掬い上げた。
「顔をあげて下さい」
顔を掬い上げられたままのイザベルとクレメンの視線が重なる。
「イザベル嬢ですね。王太子殿下の婚約者の」
クレメンの言葉をイザベルは否定をする。
「違います。元、婚約者ですわ」
イザベルの言葉にクレメンは頷くとイザベルを抱きかかえ立ち上がった。
イザベルが周囲を確認するとベッドにいたことが解った。
つまり彼と共に眠っていたと⋯⋯?
状況を理解すると急に恥ずかしくなり、顔に赤みがさした。
クレメンがソファーに座るがイザベルを抱えたままだ。
暫しの沈黙の中、彼が先に口を開いた。
「貴女の事が気になり調べました」
そう言葉を発すると、イザベルの肩が小さく跳ねた。
「そうですか⋯⋯」
イザベルはそれ以外の言葉を発しなかった。
「昨夜の夜会で貴女は全てを奪われてしまいました」
クレメンの言葉にイザベルは小さく頷く。
「貴女が奪われたもの全てを、これからは私が与えます。捨てられてしまった貴女を、私が見付けたのです。私の全てを与えたいと思える程の女性を、初めて見付けたのです」
クレメンの言葉を聞き俯いていたイザベルは顔を上げた。
イザベルの紅い瞳にクレメンの姿が映っている。
瞳に映る自分の姿を確認するとクレメンの胸にドロリとした感情が湧いてくる。
(父上、貴方が以前私に話した事はこの事だったのですね)
皇帝の血筋には、膨大な魔力を持つ者が時折産まれる。その者は愛すべき人を見つけると、酷く執着し自身の檻に閉じ込める性質があると。
クレメンは婚約にも結婚にも全く興味が無かった。
だが、父上から話を聞いた後は、密かに愛する人を見つけたい。とも思っていた。
愛する人を見つけられなければ、血筋を残す為の結婚もするつもりでいたのだ。
だが、イザベルを一目見た時からそんな考えは消えていた。
クレメンは抱きかかえたイザベルをきつく抱きしめた。
イザベルは疲れもあるのだろう、体を強張らせる事もなく身を任せていた。
「私は隣国の者です。この国に捨てられたのならば、私と共に隣国に行きませんか?」
クレメンがそう伝えるが、イザベルから何も反応がない。
クレメンは少しだけ彼女の答えを待ってみる。
彼女の答えがどちらであろうと、国に連れて帰る事に変わりはないのだが。
(彼は一緒に隣国にと言ったわよね⋯⋯。
私は彼の膝の上で、抱きしめられている。
私は彼にされるがままになっている。
彼の膝の上も、抱きしめられるのも嫌ではない。
不思議とこの温もりにずっと包まれていたい気持ちでいる)
目の前の彼を受け入れている自分がいる。
でもその前に、彼に聞かなければならない事がある。
「貴方様は私に言霊の魔術がかけられていると。そうおっしゃいました。言霊とは何でしょうか?」
イザベルに質問をされ、説明をしていなかった事に気が付いた。クレメンはイザベルにかけられていた魔術の話をする。
「イザベル嬢にかけられていたのは、【言霊】と言う魔術で、呪いに近い魔術ですね」
呪い⋯。
その言葉に、イザベルの顔が強張る。
「呪いに近いだけで、命に何か関わる事はないのです。ただ、その魔術をかけた者の言う通りになるだけなのです。
イザベル嬢の場合は、笑うな。でしたね」
(笑うな、ね⋯⋯。その通りになってしまったわ)
「暫くすれば、魔術が完全に抜けきると思います。いつか、魔術をかけた相手を思い出すかもしれません」
彼の説明に今は納得するしかない。
誰が私に魔術をかけたのか……。
いつか思い出すことを信じるしかなかった。
「魔術の説明はそれくらいですね。誰かが貴女に魔術をかけた事は事実で、そのせいで貴女は全てを奪われた」
イザベルはクレメンの説明を聞いて考える。
(この国に残ったところで私の居場所はもうどこにもない。隣国でなら私の知識で何か仕事があるかもしれない。全て一から始めるならば、どの国であっても同じではないかしら⋯⋯)
「私にはどこにも行く場所がありません。私は捨てられてしまいました。そんな私を拾って下さる貴方様について行こうと思います。宜しくお願い致します」
クレメンの膝の上でイザベルは頭を下げた。
イザベルの答えに満足したクレメンは、イザベルを抱え上げベッドに向かい寝かせた。
身を固くするイザベルにクレメンは優しく頭を撫で、
「まだ何もしませんよ。少し眠って下さい。帰国する準備をするので暫く休んで欲しいのです」
そう言うと、ポンポンと子供をあやすように寝付かせる。
甘やかされているような安心感の中、イザベルはまた眠りに就いてしまう……。
クレメンの手でイザベルを寝かし付けた。
悪くない⋯⋯。
スゥスゥと、小さく可愛らしい寝息をたてるイザベルを暫く眺めていた。
漆黒の美しい髪を撫で、帰国してからの生活をどうするかに考えを馳せる。
自分が誰かの為に、ましてや女性に熱を上げるなど以前の自分からは考えられなかった。
ずっと彼女を眺めていたい。
その自身の願望を叶える為にも、早々に帰国するべく動く事にした。
※ エイザエル帝国
クレメンを護衛する影から帝城に魔法書が届いた。
宰相が皇帝の執務室へと魔法書を届けると、急ぎ文を確認された。
読み終えた皇帝の口元が緩むのを、宰相は視界に入れた。
「皇妃を呼べ」
控えていた近衛が急ぎ皇妃の元に向かう。
「何か良い知らせでもございましたか?」
宰相が皇帝に声をかけると、やはり口元は緩んだ。
「クレメンが最愛を見つけた」
「なんと!誠でありますか!」
「偵察に向かわせた属国の王太子の婚約者らしい」
「なんと……婚約者がいらっしゃるとは。残念でなりません」
宰相は眉を下げ、クレメンの心の落ち込みに同情していた。
皇帝はニヤリと笑みを浮かべ、笑い声をあげた。
「アイマー国の王太子は愚王となるだろうな。長年支えていた婚約者を切り捨てたのだからな。しかも、その令嬢はあの国と帝国との条約を纏め上げた者だ。帝国に迎えるに申し分ない知識の持ち主だ」
皇帝は満足気に笑いながら宰相に告げる。
よほど息子であるクレメンが得難い令嬢を手にした事が嬉しいらしい。
皇帝の話が終える頃、皇妃が執務室の中へと入られた。
「大きな笑い声が執務室の外まで聞こえておりましたわ」
皇妃が皇帝の側に立たれると、魔法書の文を皇妃へと渡した。
皇妃が文へと視線を向け文字を追う。
口に手をあて驚いていると、直ぐに目元を緩め涙を浮かべた。
皇帝が椅子から立ち上がり、涙ぐむ皇妃を抱き寄せた。
「良かったな、皇妃よ。クレメンの最愛は聡明な令嬢であった」
「はい。はい……」
宰相もお二人の悩まれている姿を見てきた。皇太子として血を継ぐために政略結婚を告げるべきか、もう少しだけ見守るのか。悩まれていた事を知っている。
皇族の血の継承は愛だけでは成り立たない事もある。
愛する者が見つけられないからと、婚姻を避ける事は許されない。
学園を卒業するまで。
自国が駄目なら、他国に。
クレメンが最愛を探すために、皇帝と皇妃が出した猶予期間であった。
「一緒に帰って来られるご令嬢に会うのが楽しみですな」
宰相の言葉に皇帝と皇妃は快く迎え入れるため、急ぎ準備を整えるように指示を出した。




