第九話:二人のルール
ひとしきり僕たちは、お互いの体温を摂取し続ける。
「僕、こんなに人と抱き合ったこと、人生で一回もないよ」
「私もです……。こんなに人前で泣いたことも無いです。」
彼女を抱きしめると、何処からもいい匂いがすることが分かる。
生物としての汗の匂い、柔軟剤の人工的な香り
、その二つが混じって僕の鼻腔に侵入し、脳に寄生する。
……ずっと、こうしていたい……。
お互いの唇が触れ合える距離。
僕達が、恋人とかだったらキスとかしているのかな?
チラと時計を見る。20時か。いつもだったらお風呂に入ってる頃かな。
白雪さんも時計を見る。すると突然僕を突き放すように距離を取り、離れる。
「うわ! びっくりした!」
「ごめんなさい! 先生……。あ、あの大変申し訳ないのですが……」
「……? どうしたの?」
「シャ、シャワーと歯磨きをしたいんです」
やばい。夏だし。汗びっしゃだったし。
たしかに僕もシャワーを浴びたい。
「僕……、臭くないかな……?」
「うー? そうですねえ……」
彼女が僕の手を取り、引っ張る。その拍子に再度また僕達はくっつく。僕の胸の高さに、彼女が少しだけ屈む。そのあと、顔を胸に埋める。
「ちょ! 白雪さん!?」
「……うん、汗の匂いがします。でも嫌いじゃないです。これ、理由があるんですよ? 知ってますか?」
「えーなんかあるの……? 皆目検討付かないや」
「正解はー……」と小さく言う白雪さん。ためてタメテためた後、胸に顔を埋めたまま続きを言うもんだから、表情は分からない。
「正解は、自分とは違う免疫の遺伝子を持っている人の体臭を、人間はいい匂いだと本能的に感じるから。です」
すっごい早口だったな。まあなるほどね。ふーん。いいね。
「……へー。面白いけどそれって、そんなにためて言うこと?」
なんて僕が言うと、彼女がバッ! っと顔を上げ、上目遣いに赤らむ顔を僕に見せつける。
「……そんなにためて! 言うことです!」
「ご、ごめん! な、なるほど! 理解しました!」
「いや……! 全く理解してませんって……!」
そう言って可愛く怒った彼女が後ろを振り向き、「家に帰ってシャワー浴びてきます」と言う。
まだ、白雪さんの成分を摂取しきれていない僕が「戻ってきてくれる?」と尋ねると
「良い子にしてたら、戻ってきます」と白雪さんが振り向き、ポニーテールを泳がせる。
◇シャワー後◇
脱衣室の中で寝間着に着替える僕。
そして糸フロスをし、さらに歯を丁寧に磨いていく。それも終えて、うがいをして、ペッーってして、鏡を見て。
「……破壊力がヤバい……」
鏡を見つめながら、自分に向かって言葉を吐く。
破壊力もヤバいし、距離の縮まり方もヤバい。これは豪州ならではなんだろうか。まあ、白人ってスキンシップすごいって言うしな。
しかし会ってまだ2日だぞ? いいのコレ? いつの間にか異世界転移した? こんなに幸せでいいの?
「……しかも、彼女の19時間が余ってる……」
キーボードを渡して、稼いだ、彼女を自由に使える時間。
何に使うのかは、実は決めている。勿論、彼女を傷つけるような使い途は、ありえない。
取り敢えず、部屋に戻る。なんでもいいからほんを開き、活字を目で追うだけの作業を行う。
頭に入らないので、今度はプロットの整理を行う。
それすら難しいので、なんとなく作品のアクセス数を見る。代わり映えはしないので、白雪さんの作品をぼーっと眺めて彼女がいない時間も、彼女のことを考える。
なんやかんやの1時間後。
チャイムが鳴る。小走りを我慢できず、玄関まで行き、扉を開く。
寝間着姿の彼女が現れる。
「お待たせしました。私、寝る前の儀式が幾つもあるんです」
「へー。それって、今度お部屋にお邪魔した時に教えてくれること?」
「はい! 勿論です。先生。いい子にしてましたか?」
「……してました」
頭を撫でる素振りする白雪さん。
「……よろしい。じゃあ私を入れてください」
彼女を中に入れる僕。
……髪から死ぬほどいい匂いがするな……。
それに、彼女の寝間着は素晴らしい。
ゆったりとしたシルエットの上下セット。素材はシルクだろうか。リラックス用のウェアって感じ。知らんけど。
彼女のデコルテがちょっと見える。袖はやけに長く、手は隠れていて不便そうに思える。
まあ可愛いからいいんですけどね! 機能性とかね! どうでもいいよね!
取り敢えずリビングに行く。座る。白雪さんの第一声は、謝罪から始まる。
「先生……先程はごめんなさい。あんなみっともなく泣いてしまって」
「……僕も、泣きたくなる時はあるから。仕方ないよ」
「……私、さっき帰ってすぐさま、一応アクセスは見たんですよね。」
「……僕も。やっぱ、ネット小説家って依存症だよね」
「……ですね」
クスクス笑い合う僕達。なんやかんや色々言ったけど、結局はただの依存症ってことなのかもしれない。
「白雪さん」
「……何でしょう?」
「僕達だけのルールをここで決めよう」
「……何の話でしょうか?」
いやいきなりそんなこと言われても困るよね。
僕も急に思い浮かんだことがあるだけなんだけど。
「えーっとね、つまり……ルールっていうのはね」
「……はい」
「楽しく創作活動をする。これを僕たちのルールとしよう」
彼女もキョトンとしている。
いやわけわからんだろうこれじゃ。補足しよう
「執筆が楽しくなくなっちゃったら、僕たちの関係は終わっちゃうかもしれない。僕は、それが一番嫌だから、お互いに無理せずに、協力しあって続けよう。」
やっと得心がいった彼女。ごめんね、訳わからんこといきなり言い出して。
下を向く、でも遠く焦点の合わない目の白雪さん。
顔を少しだけ上げて、僕を見る。
「……先生となら、そのルール……。守れそうです」
うん。僕達なら。守れる。
「先生。私、シャワーで考えてたことがあって。」
白雪さんのシャワーってだけで僕は脳が焼かれそうだ。しかしここは脳を殺す。
「何を考えてたの?」
「……AIを倒す方法です!」
「……どうやってるんだい?」
「先生と倒すんです! はい!」
Whatを聞いたらwith Whoが返ってきた……。
……マジでどういう事だ……?!




