第十話:AIの倒し方と、二人の名前
◇前回のあらすじ◇
白雪さんが、AIを倒す方法を思いついたらしい。
あらすじ終わり。
◇
リビングにいた僕たちは、現在僕の部屋、ベッドに二人で並んで座る。
「ねえ。白雪さん。いい加減教えてよ」
「はいはい。じゃあ教えてあげますねー」
ポケットからスマホを取り出す白雪さん。その後アイコンをタップする。
「これ。見てください」
彼女が僕に向けた画面には、チャットAIの入力画面。
「……まだ分からないんだけど」
得意げな表情の彼女。さっきまで怒って泣いていた彼女は何処へやら。
「今回私がやりたいことは! AIに物語を出力した後! 私達で手直す事によって! 奴らより私達の方が面白いってことを証明してやるってことです!」
おーそういうことか。
「……でも、それって実際に倒したことにはならないよね」
「良いんです。私の鬱憤が晴らされれば」
良かった、てっきりSNS上のAI執筆家に、片っ端から喧嘩売って論破するとか言い出すのかと思った。普段の彼女なら絶対にやらなそうだけど、AI作家に対する殺意は人並み以上に持ち合わせているからな。白雪さんは。
彼女の提案なら平和的に解決できる。
それに、コレは僕たちだから楽しめる遊びだ!
特別感が素晴らしい。
「うん! ならやろう!」
「決まりですね! あ、その前に、執筆、何でやりましょう?」
「パソコンかスマートフォンかってこと?」
「そうです。パソコンでやりますか? その方が先生にとって都合が良いんじゃないですか?」
僕はそれでも良いんけど……。
「……でも、白雪さんはブラインドタッチできないじゃん……」
彼女の人差し指タイピングだと、マジで無限に時間がかかる可能性があるからな。
「うッ……。確かに……。なら私の爆速フリック入力見せてあげます!」
「取り敢えず、AIに出力させよう」
「はい……」
そういうわけで彼女のスマートフォンで一度、AIに短い物語を出力させる。
『適当に感動的で、バトルシーンのある物語を出力して』
すると秒で出力される、クオリティが高く、破綻のない物語。
正直、短い物語ならAIでも普通に面白かったりする。
「……でもすごいですね。やっぱり。一回で生成される物語の面白さや語彙、表現だってたまに胸打つものがあります」
「うん。天才エンジニアが集まって出来たものがAIだもんね。」
「はい。もしコレがいずれ、何の矛盾もない十万文字を生成しだしたら……」
彼女が自分の胸のあたりに手を置く。女性的な体を主張する、大きな胸の奥に眠る、不安を押し殺すように。
「大丈夫だよ、白雪さん」
「……なにがですか?」
「そうなる前に、僕たちで夢を叶えよう」
時間が止まったような錯覚に陥る。彼女の瞳がブルーライトの光に反射する。口は少しだけ開いているけれど、ぽかんと間抜けな印象はなく、どちらかと言えば強烈な色香を纏う。
その後ちょっと微笑んで、コクリと頷く。途端に表情に無垢が宿る。
「先生……。なら、体勢を変えたいです。壁に背を付けて書かないと、肩が凝っちゃいます」
そんなわけで壁際のベッドの上、壁に背中を預ける。足は伸ばす。
彼女は膝の上に、僕が普段使っている枕を置く。
そして二人で出力された物語を見る。
スマートフォンとは都合がいい。
身を寄せ合って書くしかない。
小さな画面に二人して覗き込み、ウンウン考える。
僕と彼女の肩がくっついている状態が当たり前になってきた頃、彼女の提案。
「先生。先に登場人物を考えましょう」
「そうだね。どんな組み合わせが良いかな?」
それなら、と短く言った後、
「先生って下の名前ってなんていうんですか?」
「僕は紡だよ。つ・む・ぐ。」
なんか、名前を伝える時って、一文字一文字ハッキリ発音したくなるのは有る有るかも。
白雪さんが僕の名前を聞いて、驚愕の表情を浮かべる。そ、そんなに驚くこと?
「……なんですかその、小説家になるために生まれてきたような名前……!?」
「いやー。多分親はそんな事は考えてないけどね。ただ、母親が本が好きだったからさ。本当に狂気的なくらい」
「なるほど。それが由来なんですね」
まあ知らんけど。それしかおもいあたらない。
「今度、母親の部屋に勝手に入って、本棚を一緒に見よう」
「おー! 良いですね!」
彼女の瞳がルンルンだ。恐らく、母親の趣味と白雪さんの趣味は一致しているはず。純文学が好きなのならなおさら。
「白雪さんの下の名前は?」
「私は、詩歩です。う・た・ほ。」
「……いや……。それこそ小説家っぽい名前じゃない?」
しかもちょっと雅な感じがする。詩とともに歩む。詩歩。
なんか彼女から、容姿とちょっとスポーティーなところ以外は全く、豪州のハーフって感じはしないな。
「えー? まあ確かに字面はそうですけどね」
「いや超小説家って感じだし、それに名字と合わせると途端に古風な、白い肌に赤い色打掛を羽織る、 和の古城の奥間に閉じ込められたお姫様って印象になる」
白雪詩歩。彼女を彩るにふさわしい名前だ。
「……! なんだかそれ、物語のキーパーソンって感じがして良いですね……!」
まあ脇役につきそうな名前ではない。
「……この世界に、創造主がいたら、君は間違いなく、その主に一生懸命考えて名前を与えられた、ヒロインの役割を担うことになるんだと思う」
「であれば先生は……。図書館の隅っこで人知れず本を読み、暖かい陽の光を浴びながら、誰かに向かって手紙を認める、柔和な青年って感じです……」
「……あんまり主人公感はないな」
「いーえ、主人公です、高槻紡くんは……」
「……。白雪詩歩さん……?」
「はい。なんでしょうか。紡君」
「……詩歩さんは、なんで僕の名前を聞いたの?」
「それはですね、私達の名前を採用したかったからです」
「……それなら、一応僕が主人公で、君がヒロインってことなのかな?」
「はい。勿論です」
◆詩歩◆
さあ、ヒロインである私と、主人公の紡君のお話が始まりました。
しかしまだ、登場人物が決まっただけです。これから重要な梯子の部分、物語を二人で創っていきます。
「紡君。この、AIの話の何処が駄目なんでしょうか」
「……身も蓋も無いこと言うと、シンプルに短いことと、普通であるってことかな。長けりゃ良いってものでもないけど」
それが今のAIの限界なのかも知れません。
「なら先に。ここの、ヒロインの泣いてるところを変えさせてください」
私はそこに『潺湲』という、思いっきり背伸びをした表現を使った涙の表現を挿入しました。
『奥間の女君が潺湲と咽び泣く。俺が死の淵から帰ってきたことが嬉しいのか。はたまた安堵の奔流か』
「めっちゃカッコいい!」
「本当ですか!?」
「リズムに気を使ったよねこれ? 『はたまた安堵の奔流か』が『それか、安堵の奔流か』では絶対に駄目なんだよコレ! 読み心地が気持ちいいね」
「……そのとおりです!」
彼は私が褒めてほしいところを褒めてくれます。たぶんこれからも。
「……それになに? この漢字?」
「潺湲。せんかん。です」
「すごいね……こんな漢字、初めて見た」
「まあ日常では見ないですよねー。水がさらさらと淀みなく流れる様子や、その穏やかな音を表す言葉って感じです。」
「……こんな言葉何処で見つけたの?」
「谷崎潤一郎の春琴抄です! 絶対に読んだほうが良いですよ。日本語の美しさが詰まっていますから」
「いや、確かに読みたくなったよ。しかしこれ、あまりにも難読漢字過ぎて、美しくも読まれないよね」
「……イイんですよ。どうせこの作品は読まれません」
「そんな淋しいこと言わないでよ……」
……そんなに淋しい顔をしないでください。
それに、私の意図するところは別にあります。
「違いますよー。 私達だけの、秘密の物語なんですから。誰にも見せたくないってことです」
私は降りゆく瞼に抗いながら、話を考えることがここまで楽しいって思えたのは初めてなのかも知れません。
私の本当に作りたい作品は、こういった、忘れ去られてしまいそうな日本語を、ふんだんに使った作品なのでしょう。
「紡君、私はバトルシーンがとっても苦手です。なんか『ガッ!』とか『キィンキン!』とか衝動で使ってしまいそうになります」
何故か私は擬音に合わせて一人模擬戦闘を行います。
まるで本当に目の前に敵がいるかのような臨場感です。
紡君は、私の突然の奇行に笑いが抑えられません。
声を押し殺して笑い、お腹を抱えています。
「いきなりそんな事しないでよ……。死んじゃうから……」
こんなにも、自尊心が満たされる殺害方法ってこの世にあるのでしょうか?
このまま紡君を笑い殺して、私も笑って後を追って死ぬ。意外と幸せな終わり方かも。いや冗談ですけど。
「……笑い終わりましたか?」
「うん。死にかけてたけどね。はあ、じゃあ続きを書こうか」
話は戻り、私はバトルシーンを彼に書いてもらいます。
「僕は、本音を言えば擬音を使いたくないんだ。安っぽく見えるし。だから、ここも僕の趣味全開で書いちゃう」
『俺は戦った。コレは共存のための会議ではない。ただの殺し合いだ』
『激痛が走る。赤い血が滲む。だが俺は怯まない。痛みに意識を持っていかれるのは弱者のやることだ。
俺は痛みを、怒りという燃料に変えて戦う』
『奴の斬撃が俺の右目を貫く。良いだろう。片目くらい、くれてやる。その代わり、俺はお前の命をもらう』
「……どうかな。なんだか見られるのって恥ずかしいね」
「……私はめっちゃ好きです!」
「本当に!?」
「はい! 特に『良いだろう。片目くらい、くれてやる。その代わり、俺はお前の命をもらう』。ここ!」
「……!」
彼が口をつぐんで目が開きます。分かってます。褒めてほしいところが褒められたんでしょう。気持ちはとってもわかります。でも本当に良いと思ったんです。
私は構わず続けます。
「やはりリズムが良いです。そして戦場が過酷であることを表現する『斬撃によって失われた右目』と『命』が等価に成りえることがすぐに分かります。本来、どっちを失っても駄目なもの。静謐な文体から、強者の風体がにじみ出ています!」
いや本当は全部、好きなんですけどね。
全部。
「詩歩さん。すっごい楽しそう」
「紡君も」
◆
私達は時間も忘れて物語を書き続けました。
お互いの苦手な所を、お互いの得意なところで補いながら。
瞼が重さに抗えなくなってくる頃。私達は睡眠に備えて、二人で毛布にくるまりながら、身を寄せながら書いている時。
私は一つの提案を彼にします。
「結末だけ決めちゃいましょう。もう支離滅裂でも良いので。」
「分かった。でももう頭が働かないよ」
私もおんなじです。正直、彼の胸元で眠りたい。
「なら、もうハッピーエンドにしちゃいましょう。だって主人公の紡君。右目もないんですよ? 報われても良いはずです」
「確かに」
苦笑する彼。
だって物語の中でなら、私達だって報われてもいい筈でしょう?
『……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
『俺は戦った。コレは共存のための会議ではない。ただの殺し合いだ』
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『激痛が走る。赤い血が滲む。だが俺は怯まない。痛みに意識を持っていかれるのは弱者のやることだ。
俺は痛みを、怒りという燃料に変えて戦う』
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『奴の斬撃が俺の右目を貫く。良いだろう。片目くらい、くれてやる。その代わり、俺はお前の命をもらう』
……………………………
『奥間の女君が潺湲と咽び泣く。俺が死の淵から帰ってきたことが嬉しいのか。はたまた安堵の奔流か』
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激戦を生き抜いた後、詩歩と紡は狭い部屋で身を寄せ合い、ただ平和に文字を書きながら、いつまでも二人で幸せに暮らしましたとさ」』
破綻した物語を書き終えた後、私は紡君に抱きしめられながら、ぐっすり眠りましたとさ。




