第八話:「私を褒めてください……頭を撫でながら」
◇前回の続き◇
「じゃあそのうちの一時間で、僕にご飯を作ってくれない?」
きょとんと首を傾げる白雪さん。
「そんなのでいいんでしょうか? むしろ作ってあげたいって……今日のお弁当を見て思ったくらいです……」
あの、栄養素を生贄に捧げ、代わりに少年の夢を詰めまくった、僕のお弁当か……。
「……なら、お願いしていいかな? もうビタミンが枯渇して死にそう……」
「ビタミンで干からびる先生……。なら普段からちゃんと栄養取ってください……」
ぐうの音も出ない……。
「よーし! なら私がいっちょ腕をふるいましょう! 豪州式ではなく! 日本式の料理を!」
◇キッチンにて並ぶ二人◇
「ではエプロンをお借りしますね♪」
「う、うん」
エプロンをつけた彼女。その後髪を結い、ポニーテールにチェンジ。
体を揺らす度に顔を出すうなじが色気を醸し出す。
……不思議だよな。うなじなんてただの頭の後ろじゃん。顔ですら無いじゃん。なのになんで可愛い人ってうなじすら可愛いのだろうか。
「……一応食材はあるんですね。なのに何故お弁当には冷凍食品ばかり?」
「弁当作るのが面倒くさくて……。夜は一応、適当に野菜炒めとか、ひき肉をひたらすら炒めたものとかを食べたりはしているんだ。」
「なるほど……。だから一応食材は有ると。調味料も揃ってますね……。何故?」
「料理を普段しないやつって、衝動的に調味料を買いがちなんだよ……。困ったことに……」
ローリエとかマジで何に使うか知らないけど、あこがれで買っちゃったよ。
素人には枯れた草にしか見えないけど……。
「でも、私がいますので。任せてください」
幸いにひき肉が有る。ピーマンも有る。肉詰めの予感……!
「先生はおこちゃまだから、ハンバーグのほうが良いのかなって思いましたけど」
「そんな意地悪なこと言わないでよ……」
「ふふふ……。ジョーダンですよ。じょーだん。」
彼女が調理を開始する。ぼくはそれをみまもる。
◇血の通った食卓と執筆◇
「うおおおおおおお……! 僕の家に血が通っている……!」
「大げさですって。先生」
ダイニングテーブルにはピーマンの肉詰め、ミニサラダ、白米、味噌汁、後彼女が自宅から持ってきたお漬物達。
二人で向かい合って座り、手を合わせて……。
「「いただきます!」」
取り敢えず我慢できないので、肉詰めから。
「……美味しいよ……。久しぶりに人の手料理を食べた……」
「ふふふ……。コレは人間様じゃないと出せない味です……。さあ! 他の料理も! さあさあ!」
箸を持つ手が止まらない。白米ですらいつもより美味しいのは、お漬物の塩分と相性がいいからなのかな。
「…白雪さんは偉いね。ちゃんと自炊もして」
「んーだって、執筆って実は体力仕事じゃないですか。だから、私は栄養バランスも蔑ろにしませんし、運動も欠かしません」
食べ終わった頃、彼女の努力の概要が明かされた。
だから彼女は体のことについて詳しいのかも知れない。
「「ごちそうさまでした」」
お皿を食洗機に入れて行く。AIスマート食洗機っていって、何か知らないけど、ここでもAIは使用されている。
そういえば……。と、僕は白雪さんだからこそ聞ける、禁断の質問を彼女に投げかけてみる。
「ねえ。白雪さん」
「はい、なんでしょう」
「白雪さんは、執筆にAIって使ってる?」
食洗機の前に並び立つ僕たち。
彼女が怪訝な顔で、立ったまま僕を見る。この手の話題はセンシティブなのだ。実は。
しかしその後彼女が頬を緩める。僕の言いたいことが伝わっているらしい。
「いいえ。使ってません。って、答えてほしかったんですよね?」
「うん。君の文章を見ていたら絶対にそうだとわかる。ちなみになんで使わないの?」
多分、僕と同じ理由を彼女は持っていると信じている。
「えー。だって……。書くことがそもそも私の趣味ですし……。」
「うんうん」
「それに、楽しい執筆時間を誰かに代筆してもらうって発想は、私にはないかも……」
やっぱりそうだ。
いつの間にか僕が自然と頬を緩めていたらしく、だらしない顔をしてると思い、いつもの表情に戻す。
「そうだよね。ゲーム趣味の人が代わりに、誰かにゲームをやってもらうってことだしね。」
「おー。その例え、分かりやすいですね! それです! だったら他の楽しいことに時間を使えば良いのでは? と私は思うのです」
彼女が言葉をつなげる。エプロンとポニーテール姿も相まって、彼女の姿はまるで自分の作品を撫でて愛でる母親のように見える。
「寝て起きたら、いつの間にか考えていることは昨日の物語の続き。脳が動き出して、体が起きたら執筆アプリを開いて開始する。」
「読まれていなくても、私はもう執筆をしないと楽しく生きていけないんです。何故かは分かりませんけど」
「……それって、僕達が、そういう生き物だからじゃないのかな……?」
「……。そうなのかも知れませんね……。」
さみしげに笑う彼女。
「ちなみに、部分利用とか、資料集めについてはどう思う?」
「んー。私はそこは別にいいと思っています。面白い話を作るために、パズルのピースを集めていると。それを継ぎ接ぎすると。図書館に行って資料を集める。小説の学校でアドバイスを貰う。これがAIになっただけですから」
「なるほど。なら、AI全利用の問題点は、おそらくだけど、生成のスピードによる環境汚染だけなのかもしれないね。以前の、大量のAI作品で埋め尽くされていた環境で楽しんでいた人達に突如割り込んできた、外来種だから駄目なんだ」
「そうですそうです! だから、忙しい人がAIを活用することはあり得るとは思いますけどね。私達はまだ、学生ですので。時間がありますし体力に余裕があります。だから利用をしていないだけなのかも」
大人の意見だな。まあ確かに、AIを使うこと自体は全く悪いことじゃない。
「……働きながら、自分の力だけで、十万文字とか書き上げるって想像できないよ……。僕……」
「……。私もです……。」
八時間労働した後、家に帰って執筆を行う。社会人って、実は体力おばけばっかりだったりする?
「そう考えると……。芥川作家とか、直木賞作家、ラノベ作家とかもそうだけど。いや、キリがないんだね………………。書籍化作家ってすごいや」
途端に彼女の目がうるみだす。彼女の憧れの作家さんたちの名前と、これから来るAIの本格的な襲来。
「…………はい。私達は恵まれています。今の時代に生まれて、鉛筆で作品を紡ぐ時代から、便利なツールを使って快適に物語を紡ぐ事ができる時代に
。なのに結果を出せていません……。」
飲み込まれんと必死に抗おうとも、人工知能に勝てない自分を比較する。
小説プラットフォームを見ると、明らかなAI作品がランキングに乗っていることも有る。結局質より数なのかと。そう絶望することも有る。
「先生、知ってますか? 私悔しくなって調べたんです。AI作家をどうにか出来ないかなって。それで分かったことが一つあって」
なんだろうそれは。
彼女が怒りと悔しい気持ちを滲ませながら説明を続ける。
「とあるチャットAIには、実はAIがAIであると分かる仕組みがあるんです」
「テキスト生成なのに?」
「はい。コレは絶対に人間にはわかりません。ですが、AIには分かります。それも精度はとっても高いんです」
「それってどうやってるの?」
「テキスト生成の厳密なルール化とパターン化です。つまり、文法に則った暗号が有るんです。なので私達に人間にとっては違和感がなくても、判別ツールを使えばすぐに分かる。
「なら、手直しされたらどうしようもないってこと?」
「そうですけど、でも何処のどの文法がその暗号になっているのかが、AI作家にはわからないじゃないですか? つまり、手直しの仕方が分からず、自滅するってことです」
「な、なるほど……」
そうか。AI作家は作品を手軽に量産してプラットフォームをハックし、その後書籍化して収入を得たいだけ。
簡単にお金儲けできるポテンシャルが有るかやってるだけだ。なら、簡単にお金儲けが出来ないと分かれば彼らは消える。
「それに『MCPサーバー』を経由したリアルタイムのベクトル解析テストが始まってるって噂もあるんです」
「な、なにそれ?」
「Model Context Protocolです。表面上の文字を判定してるんじゃないんです。文章のトークンエントロピーや意味的ベクトル空間を、システムが直接AIモデルと通信して照合している」
全く分からん。なにこれ暗号? コレこそ暗号じゃん。
でも彼女の本気が伝わってくる。だって、彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちそうになっていることが分かるから。
「つまり、シャドウバンです。投稿できていると思っても、規約に違反していた場合、天に向かって一人でキャッチボールをしている孤独な阿呆になるってことです」
彼女は本当に嫌だったんだ。だから本気で調べた。
プラットフォームがいつか対策してくれるって。
その対策する手段はもうあるはずだって。
「先生! ねえ? 先生…………!!」
彼女が僕の両手を取る。僕に触れたせいか、彼女の涙が耐えられず、下に落ちていく。
「私! 絶対いやです! あんな! 仕組みも何も分かっておらず! 機械に借りた知識でさも自分が作品を生み出しました! なんてのたまわっている! Ctrl+C と Ctrl+V の進化系に!」
「AIを自分の実力と勘違いしている人達なんかに!」
「私! 絶対に!」
「AI作家なんかに負けません!!!!!」
◆白雪さん目線◆
いつの間にか熱くなって、いつの間にか先生に抱きついて、延々と泣いている私。
あれ。私ってこんなに涙もろいんだっけ。
「白雪さん」
「……なんでしょうか」
「……僕もおんなじ気持ちだから……」
「せんせい……。」
「……どうしたの?」
「……なんでも無いです」
◇泣いて空っぽになった後◇
白雪さんが、僕の胸でえんえん、泣いた後。彼女は目を腫らしたまま
「あ……。でも私、一つだけ嘘ついてました……」
と言う。
「……何? 嘘って」
肩をすぼめ、下を向き、赤面する白雪さん。嘘ってなんだろう。その割に、懺悔する感じでもないような。
「……AI……。使ってます……。たまにですけど」
「……どんな用途で……?」
「……。褒めてもらいたくて……。ですけど……」
「……」
「……なにか問題でも……?」
「いや、あ、あの………………」
「…………?」
いや…………。その、つまり…………。
——可愛いかよ……!!!——
「いや……。それなら良いんじゃない? 君は量産作家が嫌いなだけなんだし」
「……そうです。使っても良いんです。ただ、使い方が間違ってるってだけです。」
まあ書籍化したくてやってるのに、規約に違反するようなことやってるのは正直アホだなとは思う。使い方が間違いまくってるよね。
なんて考えていると。、彼女が唐突に「あ!」と、閃いたリアクションを取る
「……先生、私これからはAIはいらないかもです」
「なんで? 褒めてもらえばいいじゃん」
「……もう。鈍いですね。先生は……」
「……なんぞ?」
「……代わりに私を褒めてください。AIの代わりに」
「…………」
——可愛いかよ!——
有無を言わさず可愛いかよ! なんの疑いもなしに可愛いかよ!
さっきまで「Ctrl+C と Ctrl+V の進化系に負けたくないです!」なんて語彙力の悪魔だったくせに可愛いかよ!
そんな僕の心の声なんてつゆ知らず、彼女がキョトンとぼくを、僕の胸の中から、僕の顔を見上げるように見つめた後、突拍子もないことを言う。
「先生は、知ってますか? オキシトシンと言う言葉を」
「……なんだろう。それは」
「えーっとですね……。」
「こうやって、心を許した人と触れ合うと分泌される、人が幸せになることが出来るホルモンが、オキシトシンです」
「……」
ほら。突拍子も無いことだ。
「人が人に愛される証明でもあります。さあ。先生。ちょっとだけ強めに抱きしめてください」
「……うん。」
僕はそのまま彼女の奴隷になって、彼女をただただ抱きしめる。
すると彼女から、一つの子供みたいにわがままなクレームが一つ。
「……先生は下手です……。褒めるのも、慰めるのも」
「……どうしたら良いのかな……?」
「……取り敢えず、頭を撫でて、優しくしてくれたら良いんです。……すごいねーって。偉いねーって」
「……うん。分かった……」
すごいね。偉いね。
こんなにも手をパンパンに腫らしながら。
こんなにも目の下にクマをためながら。
小説への愛をためこみながら、でも、来る侵略者への怒りをためながら。
「……君は、ずーっと、色々な色んなを貯めこみながら。独りで頑張ってたんだね……」
「…………先生もそれは一緒のはずです……」
僕の胸にうずくまる彼女の口から発せられる振動が、僕の心臓を揺らす。
「今日は結構、過激な事を言ったよね……。AI作家に対して」
「でも良いんじゃないですか? AIに慰めてもらえれば。AI作家なんだし」
「……面白いね。いい毒を醸し出してるよ……」
「はい。私は意外と性格が悪いのかも知れません。あ! それと!」
「……なに?」
「……先生が辛い思いをしたら、私が先生を慰めますので……。AIに頼る前に、絶対に! 私に……、頼ってくださいね……?」
「……本当に頼りになるね。白雪さんは……」
「……それは先生も一緒です……」
コトンと彼女が僕の肩に顔を預ける。僕はそれを受け止める。




