第七話:お隣の同級生はブラインドタッチが出来ない。
◇前回の続き◇
「放課後、高槻君の家で遊びましょう!」
「い、良いけど……。何をするの?」
「私! 見たいんです! 高槻くんの執筆環境と執筆しているところ!」
「ああ、そういうことか……」
「だって、高槻くんってあまり肩が凝ってなさそうだし……。それに目をしょぼしょぼさせてるところも見たことがありません!」
確かに、僕の部屋は執筆を前提に構築している。だから眼精疲労等、そういった悩みに陥ったことは一度もない。
「お願いします……! チーズハンバーグ一つあげますので……」
「あ、ありがとう、ではいただきます……。美味しい……」
これ手作りだろうな。家庭料理の域を越えてないか? これ。
まあそれは置いといて……。僕の部屋かー。
あの異様なこだわりを彼女が見たらどう思うんだろうな……?
でも……。彼女も執筆のために健康に気を使っているようだし、受け入れてくれるだろ。
「うん、いいよ」
「……本当ですか?」
「う、うん。勿論! でもその代わり……!」
「な、なんでしょう……!? エッチなことでしょうか……!?」
「いやそんな訳無いでしょ……。本当にそんなこと僕が言ったらどうするの……?」
彼女はこの返答を想定していなかったらしい。持っていたお箸を落としそうになるも慌ててキャッチし、顔を掌で隠す。
一貫性のない一連の流れを終えた後、彼女がか細い声で
「……内容次第では……」
と言った。
……なるほど。
僕は深呼吸を行う。息っていうのはね、先に吐くといっぱい吸えるんだ。人間の体ってよく出来てるよね。
「白雪さん……?」
「……なんでしょう……?」
「だめだよ、そんなこと言ったら。君のお父さんが悲しむぞ」
何を言ってるのか。僕は。
僕がお父さんみたいじゃないか。
「高槻くんってお父さんみたいなこと言うんですね……」
「うん。僕も同じ事を思った」
一旦、元の空気に戻る。よかった、やっぱ酸素は僕の脳を落ち着かせてくれるね。
しかし、深呼吸では消えない、一つの疑問が思い浮かぶ。その疑問が僕の脳を再度乱す。
『……内容次第では……』
——その内容ってなんだろう……?——
「ヒッ、ヒッ、フー、ヒッ、ヒッ、フー、ヒッ、ヒッ、フー、ヒッ、ヒッ、フー、ヒッ、ヒッ、フー、ヒッ、ヒッ、フー」
「た、高槻くん!? な、何故今ラマーズ法を!? お、落ち着いてください! 高槻クーン!」
◇放課後◇
今度は学校から家までの道を一緒に歩く。
「ご、ごめんねさっきは……。いきなりラマーズ法なんてやって」
さっきまでの一連の流れは意味がわからない。
白雪さんが動揺 → セクハラオヤジみたいな発言 → 僕が深呼吸してパパに擬態する → その後僕が受胎してもないのにラマーズ法を行う。
奇行の連続だ。そりゃ謝るしか無い。
「いいんですよー。それって謝ることじゃないですし。それに! 高槻くんのお部屋に行く権利を頂戴したわけですから!」
「うん……。僕は嬉しい半分、緊張半分だよ……」
「な、なんでですか? やっぱり止めておきますか……?」
……。そんな悲しそうな顔しないでください……。
顔って不思議だ。ただパーツの位置が変わっただけで、僕の感情に訴えかけてくるものが違う。
「ううん、いいんだよ。それより、お昼休憩の時に僕が言っていたこと覚えてる?」
「……?」
「『いいよ、その代わり……。』って。エッチなことじゃないから安心して」
「じゃあなんですか?」
「白雪さんのお部屋も見せてほしいんだ。いつかでいいから」
ここまで執筆狂いの白雪さんなら、恐らく相当のこだわりを持って執筆環境を構築しているはず。
僕が言葉をつなげる。
「創作仲間として、やっぱり気になるじゃん? どんな感じで書いているのか」
「な、なるほど……! わかりました。今日はお見せできませんが、明日以降、準備ができ次第、ぜひ遊びに来てください!」
◇高槻くんの家の前→部屋◇
玄関の扉を開ける。
礼儀正しい白雪さんは「お邪魔します」と言い、靴を揃えて中に入る。
スリッパを履き、リビングを抜けて、僕の部屋の扉の前。
「じゃあ開けるね」
「……はい……!」
さあ、彼女を出迎えてくれ!
僕の電動昇降机と無線の分割キーボードたちよ!
※電動昇降机は高さを帰ることが出来る。
※分割キーボードは、キーボードの中間部分が完全に分離してある。
「せ、先生……!」
いつの間にか先生呼びに戻っている白雪さん。
しかし、このリアクション……。どっちだ……? ドン引きか……!?
白雪さんが両手を合わせている。コレは喜んでるな。良かった。
高校生でここまでガチの環境を揃えている人は中々いないだろう。まあ万年ブクマは1なんですけどね。
彼女が僕のキーボードまで近づき、ぴょこぴょこと跳ねる。
「先生! 凄いです! なんですかコレ!? 怒りに任せて叩き割ったんですか!?」
いやそんな台パンみたいなことするわけ無いでしょ。怒りに我を忘れた執筆中のゴリラかな?
「ち、違うよ白雪さん。コレは分割キーボードって言ってね……」
まいいや。見せたほうが早いかもな。
「普通のキーボードだと、ほら、胸を中心に寄せないとタイピングが出来ないじゃん?」
「ふむふむ」
「分割キーボードだと、中心を境に分離して置くことが出来るから……。ほら。肩が楽なんだよね」
TGBの文字を境に文字通り分割している。勿論寄せて普通のキーボードとしても使って良い。
「なるほど! 尺側偏位による腱の摩擦と、腕の回内運動を抑制することが出来るんですね!」
——尺側偏位による腱の摩擦と、腕の回内運動……!?——
なんなのその呪文。なんでこんなに詳しいのよ体の仕組みに。
肩こりとかそんなんを未然に防げるのかってことだよね? 左様です。防げます。
「すごいですね……。でもこれ、高そう。おいくらくらいするんでしょうか……?」
「えーっとね。誕生日に買ってもらったんだけどね。」
・分割キーボード(無線で分割ができる)
「こっちが47000円だって」
「……たっか……! 普通誕生日ってスイッチ2やプレステとかのゲーム機を買ってもらうんじゃないんですか!?」
「……まあそれが絶対に一般的だよね」
・電動机
「こっちが五万円。なんか安く感じるよね」
「確かに……! キーボードって高いんですね……!」
「有線分割だと一五〇〇〇円くらいであるよ」
まあそれでも高いけど。
「先生……! ちょっといいですか!?」
「何?」
「私も使ってみたいです!」
まあこんな環境を見たら、血が騒ぐよね。ってことで。
家族が残していった高い椅子に、白雪さんが座って。
電動机で高さを調整。ウィーンと静かに上がっていく。
「……コレもうコックピットそのものですよ」
ウッキウキだな。女の子でもこういうガジェットってハマるもんなんだな。
そしてキーボードを……。分割!!!
「ほわあああ……。ではいいですか?」
「どうぞ!」
しかし白雪さん。まさかの人差し指タイピング。キーボードの何処に何があるのか全く把握していない。
「すごいですね。いい音がします!」
「う、うん! そうだね!」
カチカチ打ち続けること数分。画面には彼女が一生懸命タイプした文字が映し出されている。
『このきーぼーどすごいかわいい』
(まさかの見た目を褒める……!)
いやいや普通打ちやすさに感動するところでしょ。
まあでも仕方ないか。人差し指タイピングでは正直分割キーボードの良さは分からない。てゆーか分割する意味がない。
「先生! 代わりにタイピングしてみてください! 私では力不足です!」
◇高槻くん無双◇
「はあああああ!」
カタカタ適当にMolaを開き、物語を紡ぐ。内容はどうでもいい、魅せるのは速さのみ。
「……先生! 凄まじいです! 無双しています!」
(まさかブラインドタッチで無双できるとは……!)
妄想ではチートスキルで無双していたのに。現実ではキーボードで無双する。結局実務スキルのほうが大事なのかも知れない。
「まあ大体こんなところだよね……」
パチパチ拍手する音が白雪さんから聞こえる。良かった、やっぱブラインドタッチてカッコいいんだな。
「いいなー。私も先生みたいに打てるように成りたいです」
「まあコレも日々練習あるのみだよ。……あ! そうだ! 良いものあげる!」
そうだ。僕には余ってる分割キーボードがあった。
予備で持っておいたけど、いいや。どうせもう使わないだろ。
「え! でもいいんですか? コレってすっごい高いんじゃ……?」
「いやいいよ。どうせ使わないし。有線でよかったら使って」
「ありがたいですけど……。何かお返しはしたいです……。なにか欲しいものは……。多分無いですよね……?」
「うーん。今のところは読者くらいかな。」
「じゃあ私には無理ですね……。あ! そうだ!」
「?」
「私が働きます! 時給換算で!」
「……どういう事?」
「えーっとですね。そのキーボードの買値の分を、一時間あたりの労働時間に換算して、私が先生に御使いするってことです! 何でも好きにおっしゃってください!」
なんだそれ。結構狂っているな。でも面白そうだ。
20000円なので、時給換算すると20時間働く必要がある。
その20時間を好きにできるのか……。
「じゃあ白雪さん?」
「なんでしょう?」
「じゃあそのうちの一時間で、僕にご飯を作ってくれない?」




