第六話:冷徹モードのお隣さんと執筆ツールについて。
◇お昼休みのお隣さん◇
さあ。ご飯タイムだ。
ひとり暮らしの時間が高校生の割に長い彼女は、一体何を食べるんだろうか。
「高槻くん。一緒に食べましょう」
「うん」
白雪さんが机を寄せる。そして可愛い二段の弁当箱を取り出し、机に広げる。
僕は冷凍食品で彩られた味気ない弁当だから、お見せするのに少し抵抗があるな……。まあいいや。だしちゃえ。
お互いのお弁当が展開される。すると彼女が敵意のない怒りの声を上げる。
「あー! 高槻くん! 栄養バランスがなってません!」
「え! でも冷凍されていた唐揚げと卵焼きとカニクリームコロッケだよ!」
「だから駄目なんです……。なんですかこれ? 子供の理想のお弁当箱ですか?」
ぐうの音も出ない……。野菜がひとっつも入っていないし……。
「私のお弁当は全部、頭がちゃんと働くように計算されて作っています! ほら! 見てください!」
「……確かに、白雪さんのお弁当はすごいね……。」
「はい! 先ずコレはセロリと大根の浅漬です。そして一口サイズのチーズハンバーグが3つ。だし巻き卵。蒸したブロッコリー。ポットにはおみそ汁。ご飯は玄米です!」
セロリって漬けるんだ……。てゆーかこのラインナップ。
「……もしや朝には納豆とか、ヨーグルトとか食べたりする?」
「よく分かりましたね。はい。毎朝食べてますよ」
すごい……!
まさか彼女が腸内環境ガチ勢だったとは……!
チーズハンバーグはタンパク質兼オアシスって感じかな。
白雪さんがえっへんと胸を張る。何か自慢したいことがあるらしい。
「だから私のお肌は綺麗なんです! ほらこのほっぺたとか! 触って見てください!」
「……良いの?」
「いいの? って……。別に嫌らしい意味じゃないんですし。ほら」
嫌らしい意味じゃなかったら触って良いのか……。
しかし、恐れ多すぎるな。どうしよう。
まずは、アルコールシートで手を除菌して……。
その後、清涼剤で指に良い香りを纏わせます。
最後に、十字架を切り、神に祈りを捧げて……。よし。
「……なにしてるんですか……。わたしずーっとほっぺを差し出してるんですけど……」
「ごめんごめん、じゃあ……。失礼します」
人差し指で彼女のほっぺをツンツンする。すごい……。赤ちゃんみたいに弾力がある。指先が本当にプニュンと沈む。
「……ね? 柔らかいですよね」
「はい……。とっても」
今日一日で何回の可愛いがあったのだろうか。時間にすると、何時間、彼女は可愛いってことになるのだろうか。
(……それにしても本当に凄まじい潤いだったな)
本当に腸内環境がなせる肌なのかも知れない。
なんて、僕が心のなかで感心していると、彼女の後方から迫りくる影。
スクールカーストの上位者どもだ。
別名・陽キャとも呼ぶ。
「おっ、白雪さん手作り弁当? すげー、一口ちょうだいよ! てか高槻と何話してんの? めっちゃ今日楽しそうじゃん」
すると彼女が宣言通りに、以前の冷徹モードに切り替える。
速攻でスマホを取り出し、画面に何故かめっちゃ英語を表示。これ多分、論文だ。
しかし、ここを好機と見たのか、鋼のメンタルを持つ陽キャどもは諦めない。
「へ、へーそんな難しそうな英語読めるんだー、何書いてるの? それ?」
しかし彼女は返事をしない。
だからか。彼女が今まで鉄面皮を貫いていたのは。
彼女は自分の時間の邪魔をされたくないんだ。そりゃそうだ。つまらないことで時間を潰したくはない。時間を殺されているようなものだ。
ならせめて、彼女には、僕といる間だけは楽しい時間を過ごしてほしい。
「ねえ! 白雪さん!」
取り敢えず大きい声。これでこっちに注目させる。
「な、なに!? 急に大きい声を出して」
「あ、あのさ!」
「――先ほどの話の続きだけど、クラウド同期型の執筆ツールにおけるルビ振りのショートカットと、三点リーダーの二個連続入力の最適化についてどう思う!? あと字下げ処理は全角スペース派ですか、それともオートインデント派!?」
コレは僕だけが知っている彼女が大好きな話題だ。そして、あんな、彼女のことを何にも知らないアイツラじゃあ分からない、僕たちだけの暗号だ。
彼女の目がキラキラ瞬く。コレは僕だけに魅せる彼女の表情。
絶対にお前らじゃ見ることが出来ない顔だ。
「わ、私はですね……!」
「うん!」
「私はMolaを使ってるから、字下げは一括置換で自動処理してます! ルビはその時に合わせて毎回手入力しています!」
高次元のオタクたちの会話に、陽キャ達は恐れをなして何処かに行った。よかった……。もしあの中に一人でも執筆狂いがいたら終わっていたよ……。
まあそんなことはなく、通常運転を再開するダイヤル。
彼女の顔からも邪気が離れ、いつもの、少し口角が上がった顔。
「高槻君は、執筆ツールは何を使ってるんですか?」
「僕もMolaだよ。」
Molaとはブラウザ上でもアプリでも使える執筆用のサービスの事。まあ、機能はそれだけじゃないんだけどね。
「……! おんなじですね!」
と言うより、他に選択肢がもう一つしか思い浮かばない。世の執筆家達は、皆何を使ってるんだろうか。
カクヨムや、なろうにそのまま書き込んでいる人もいるだろうし、千差万別だろうな。
「まあだろうと思ってたけど……。学生じゃあ、執筆ソフトは高すぎて買えないよねー」
「そうですね……。2万円とかするらしいので」
二太郎という高性能なソフトが有る。しかし、高性能であるが故に、学生にとっては高い。
「Molaなら月額300円くらいだもんね。それにパソコンと同期も出来るし」
「? 高槻君は、パソコンでも執筆をするんですか……?」
「うん。そうだけど」
「……ブラインドタッチとか、できるんですか……!?」
「……うん。そ、そうだけど、そんなに驚くことかな?」
あれ……? これって普通じゃないのか……?
「白雪さんは、もしやスマートフォンだけで書いてるの?」
「……はい。それが一般的じゃないんですか?」
どうなんだろう。でも、スマフォだけでも執筆は出来るし。僕のほうが異端なのか?
「うーん。分からないけど。でもさ、スマフォだけだと親指の筋肉がきつくない?」
「そうなんです……。母指対立筋が慢性的に疲労を起こしていて……。朝起きた時に一番、疲れを実感します。」
「母指対立筋ってどこの何? 初めて聞いた」
「親指の付け根の筋肉です……。はあ。これさえどうにかできたらなあ」
彼女の小さな手を見る。親指の根元の辺りかな……? そこがしんどくなりそうだよね。スマホで書き続けると。
「たしかにそうだね……。毎日何文字くらい書いてるの?」
「私は大体、五千文字以上は書いています。」
「スマートフォンで五千!? 学校終わりも!?」
「はい……。なので休日は一万文字を超えるときだってあります。あ、でも定期的に完全オフの日を作ったりもしますよ!」
「いやいや……。それにしたってすごいよ……。僕も同じくらい書いてるけど、やっぱりキーボードだと手の疲れが違うと思う。それに、一応僕は色々対策はしているしね」
「なるほど……。うーん……」
「なんか、そう考えると、ネット小説家さんたちって、どれくらいの文字数を一日で書いてるんだろうね?」
「どうでしょう……? 意外と私達と同じくらい書いてるんじゃないでしょうか?」
「いやーどうだろう……。」
彼女の場合は成績も僕と違って優秀。学業を行いながら、一週間、四万五千文字を成立させるのってすごい大変なような……。
白雪さんが再度ため息を付く。結構深刻な悩みみたい。
しかしそのため息はあらぬ方向に行き着き、突然なにかひらめいたようで僕の方に身を乗り出す。
「そうだ! 高槻くん!」
「ど、どうしたの。何か思いついたの?」
「はい! 聞いてください!」
な、何を言うつもりだ?
「放課後、高槻君の家で遊びましょう!」
……神が舞い降りた……!?
Nola派です。
最高で18000文字タイプしていたことが、Nolaのデータで確認できました。一日中打っていたので、歯ブラシを持つ為の母子対立筋が千切れそうだったことを覚えています。




